しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

ビブリオバトル vol.2

以前「ビブリオバトル」の記事を書いた。

遅ればせながらその結果を示し、少し考察(大げさ)したい。



クラスのチャンプ本は

「ジュニア 空想科学読本⑨」

ジュニア空想科学読本9 (角川つばさ文庫)

ジュニア空想科学読本9 (角川つばさ文庫)

内容が子どもたちにとって、魅力的な本であったというのが一番の理由だろう。気になる疑問がたくさんあって面白そう。シリーズ本であり、人気も高いようだ。


次点は

「日本の城」

残念ながらamazonでは見つけられなかった。

この本を紹介したのは、Y男。私はこのY男の発表が一番印象に残った。実はY男は吃音である。いつも、話し始めようとしても、なかなか言葉が出てこない。でも、Y男は最後まで話し通した。それが嬉しかった。やはり吃るが、次々と言いたいことを話し続ける。時間が足りないくらい話し続けた。本当に「城が好き」「歴史が好き」というのが伝わってきたとてもいい発表だった。その思いはみんなにも伝わったようだ。いくら吃っても、待ってくれる。発表後は「Y男、すごい!」と称賛してくれる。こんな関係性がとても心地よい。



票は伸びなかったが、気になる本を紹介していた子どももいた。その子どもが紹介した本は

「見てる、知ってる、考えてる」という本。

見てる、知ってる、考えてる

見てる、知ってる、考えてる

子ども目線で詩が書かれてあり、共感したとのこと。いくつか詩を読み上げていたが、その詩で子どもの背景にある思いが伝わる。大人の事情や考え、都合で子どもたちに指導しているのが子どもたちには伝わっているということが本当によく分かる本だと感じた。一度じっくり読んで見たい。


子どもたちは、本当にいろいろなジャンルの本を読んでおり、本当にいろいろなことを考えている。子どもたちの読む本からも、子どもの内面を知る手ががりを見つけることが可能なのだと改めて感じた「ビブリオバトル」であった。


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スーツの交換

スーツってどのくらいのスパンで取り替えるのだろう。毎日変えるのが普通なのか?それとも2,3日?1週間?ワンシーズン?正直よく分かっていない。


ずっと前は2,3日で変えていた。といっても、その都度クリーニングに出すわけではなく、ただ交互に着ていただけだった。というのも、出勤後、運動着に着替えて1日を過ごすことが多く、あまり気にすることもなかった。


しかし、前任校では、原則的にスーツで過ごし、体育や図工など着替えの必要な時のみ運動着に着替え、その都度またスーツに着替え直していた。子どもも制服であったため、子どもの服装と合わせるのことが必要であった。

この時は、忙しさでこんなことを考えている余地がなく、毎日同じスーツで過ごしていた。そのため、スーツが痛むのも早かった。


では、今は?今では着替える必要がない時にはスーツで過ごしている。しかし、一度運動着に着替えたら、そのまま運動着のままで過ごしている。それらの理由はとにかく着替えるのが面倒だということ。特に今の時期は寒い。朝、出勤後運動着に着替えてそのまま運動着で過ごしてもいいが、着替える必要がなければ着替えたくない。面倒だからだ。

毎日運動着に着替る先生は「スーツは動きづらい」と言って、毎日着替えている。朝から運動着で出勤する先生もいる。個人的にはこれはやりたくない。やはり、社会人として一つの身だしなみだと思っているから。


話がとんでいるが、今も毎日同じスーツで出勤している。前任校からの流れでそのまま前日のスーツを着て家を出るようになっている。学期ごとにクリーニングしているが、ほぼ毎日同じスーツだ。。。

これでいいのかと思いつつも、1年が過ぎようとしている。悩みながらもおそらく明日も同じスーツだろう。ベルトの入れ替えが面倒くさい。。。

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今日は啓蟄

啓蟄

啓蟄(けいちつ)は、二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半から2月前半)。「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」意で、「啓蟄」で「冬籠りの虫が這い出る」(広辞苑)という意を示す。春の季語でもある。wikipediaより

三十代も半ばを過ぎ、季節の移り変わりが早く感じるようになってから「二十四節気」というものを今までより少しだけ気にするようになった。気にしてみると、意外と早くやってくるのを感じる。そう考えると、毎日毎日季節は少しずつ、確実に変わっていくのがよく分かる。

二十四節気」。一つ一つに意味があり、それだけで「今」を感じることができる。年をとると、自然と季節を自分で感じるのが難しい。先ほどの記事でも書いたが、子どもは自然と感じるのに。。。




そろそろ、春の虫が顔を出し始めるのかな。

次の「二十四節気」は「春分」。春の半ば。そして祝日。早いなぁ。。。

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春の陽気

今日はポカポカ春の陽気。風が少し強いが、とても気持ちが良い。


息子と近くの公園で遊んだ。思いの外風も冷たくない。競争ごっこ。結構タフな息子に驚きだ。子どもはやっぱり、ゲームより体を動かして遊ぶ方が生き生きして見える。


外で遊ぶと発見も多い。空を飛ぶ飛行機に、真昼の月、キャベツの様に見えるブロッコリー、芽吹いてきた木々、遠くに見える自分の家。子どもは感覚的にそして自然とそういうものに気付くんだなぁ。


三寒四温。少しずつ少しずつ、本格的な春が訪れるのだろう。その頃はもう、3学期も終わっているのだろうな。

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姉の物を欲しがる弟

3才の息子(弟)は、娘(姉)のものを何でも欲しがる。娘が絵本を持ち出すと、すぐに取り上げる。仕方がなく違う絵本に変えると、すぐにそれも取ってしまう。息子と娘にそれぞれに合わせたお土産を渡すと、息子は娘のを欲しがる。娘がゲームを始めると、自分が先と割り込んでいく。そのため、すぐに喧嘩が始まる。

娘がかわいそうと思いつつも、喧嘩がうるさいので、弟に譲るように娘に言ってしまう。すると、当然面白くない娘は泣き出す。


娘から様々な物を取り上げた息子の様子を見ていると、そんなに欲しそうでもない。少し見たりやったりするとすぐに飽きてしまっている。では、なぜ?


姉に対する憧れか?姉と同じレベルでありたいと思っているのか?

それとも、姉に対するライバル心か?お姉ちゃんと同じ物を欲しがることで「自分もお兄ちゃん」と思いたいのか?


よく分からないが、今我が家でとにかく厄介な懸案事項だ。

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一人前の教師

今日は、息子の幼稚園の1日体験入園だった。ついに4月から幼稚園児。月日が経つのは本当に早い。仕事が忙しく、3歳になるまで息子の成長を間近にそして身近に感じることができなかった。まだ産まれた時のイメージが残る息子がもう幼稚園に通うのかと思うと、不思議な気がする。


それはさておき、1日入園。幼稚園の先生はすごい。子どもの扱いに落ち着いた安定感。子どもが泣いていても動じない。さすが毎日こんな子たちを見ているだけあるなと感じる。こんな幼稚園の先生になるのにどのくらいかかるのかなとふと思った。


初任の頃、ある先生にこんなことを言われた。

「1年生の担任の経験と、6年生の担任の経験と、自分が親になる経験をして初めて一人前の先生になれる」

こればかりは自分では決められず、どうしようもない。1年生(6年生)の先生をやりたくてもやらせてもらえない先生もいるし、結婚したくてもできない先生もいる。また、様々な事情でお子さんに恵まれない方もいるのは確かなので一概にはいえない。だが、最近「一理ある」とも思う。

1年生の担任

まずは「1年生の担任」。3年前、教員になって10年たって初めて1年生の担任をした。それまでは「低学年の先生は楽そうだ」とか「宇宙人のような子たちだから・・・」と1年生の担任をすることを少しバカにしていた気がする。しかし、実際に担任してみると、本当にいろいろなことが見えてくる。

それは

「まだ1年生なんだから」

「1年生だって」

という2つの考え。本当に難しい。「1年生なんだからこんなに難しいことはできないだろう」ということや「もっと手をかけてやらないと」という考えと「1年生だってやらせれば何でもできる」ということや「もっと信じて待ってやらなきゃ」という考えのバランスを取らなければならない。その為には、本当に子どもたちを見取る必要がある。
1年生の担任をして、今まで以上に子どもを見るようになった。

6年生の担任

次は「6年生の担任」。6年生は、学校を動かしたり、下級生の手本となったりで、言わば「学校の顔」である。そんな子どもたちにするためにということを意識してみると「こんなこともした方が」とか「この学校にはこんなことも必要だ」と多角的に現状を見つめることができる。

また、1年生からのつながりと、中学生へのつながりも意識できる。成長の幅を感じられるのも6年生を担任すると気付くことができると思う。

親になること

最後に「親になること」。初任校で勤務していた時、ある保護者から「先生は子どもがいないんだから、気持ちはわからないでしょ」と言われた時があった。それを言われた時は非常に頭にきたが、何も言い返せず、その後愚痴を言いまくっていた。
その時の言葉には、まだ納得はしていないが、親になってみて「親の気持ち」は理解できるようになった。
やはり子どもはかわいいのだ。だから、周りが見えなくなってしまう。だからこそ「今、お家の人はこんな気持ちなのかもしれない」と考えることで、違った見方をすることができるようになったとともに、少し冷静に子どもを見ることができるようになったと思っている。


「一人前」。それにはいろんな見方や考え方があると思う。ただ、一つの見方で考えた時、自分も少しは「一人前」に近づいているのかもしれないと少しだけ自信をもってみよう。



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ICT活用の壁

私の勤務する学校のICT機器


  • パソコン室のパソコン(タブレット併用):30台程度
  • 持ち運び可のタブレット(キーボード無し):30台
  • 無線LANのアクセスポイント:2台
  • 各教室にプロジェクター、スピーカー、実物投影機、ブラウン管テレビ:1台ずつ
  • 電子黒板:各学年に1台(学年主任の教室)
  • その他(ラジカセ等)


これは、充実している方なのかどうかは何ともいえない。ただ「積極的に活用するように」といわれている。しかし、様々な角度から現状を見てみると、まだまだ大きな「壁」がある。


壁①
「そもそもICT機器の活用を敬遠する先生がいる」

コンピュータをはじめとする情報機器は難しいというイメージがあるようだ。実物投影機のような単純な機器も「配線が分からない」「ピントの合わせ方が分からない」などと、使う前から決め付けている感がある。「OHPなら使えるのに」などとよく分からない言い訳を聞くと残念でならない。

「まずは使ってみようよ」と言いたいのだが、ものすごぉ〜〜〜〜く腰が重いようだ。「教師も環境の一部」。

物があっても、教師が活用する気がなければ定着しない。


壁②
「機器の準備・設定>利便さ」

私の壁はこれにあたる。とにかく、使うまでの準備が面倒くさいのだ。プロジェクターを使うには、スクリーンがいる。スクリーンの準備をして、プロジェクターとつなげ、ピントを合わせるのに移動して・・・とやっているうちに時間が過ぎてしまう。常設しておくわけにいかないため、億劫感がすこい。

常時ICT機器を使っている学校は、プロジェクターが天井から吊り下げられ、ボタン一つで映し出せるらしい。

やはり、物があっても手間がかかるようだと、定着しないと思う。


壁③
「使用環境がやりたいことについてこない」

これも大きな壁だ。ネットが繋がりにくい。いくらタブレットが30台あっても、同時につなげるとすぐに固まってしまう。また、ネット上の動画は見られない。セキュリティも高いため必要な情報が得られにくい。コンピュータも古い。私に割り当てられたパソコンは残念も残念。(下記記事参照)

すぐにフリーズしたり、スタートしなかったりのため、指導用に活用するのは少し危険な感じ。なので、やはり躊躇する。そこで何かしたい時は、ダメだと思いながら、自分のタブレットをブラウン管テレビに接続して見せるようにしている。

やはり、物があっても環境が整っていなければ定着しない。

結局

子どもと教師のニーズに合わせた、機器と環境、思いがなければ定着しないということだ。


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