しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

やっぱり目的が大事だと思う

以前、目的についての記事を書いた。最近「この活動の目的は何か」という視点を大事にしている。そうしてみると「?」なものが多い。

妻も教員をやっている。特別支援の学級で6年生を担任している。その妻が納得いかない様子で話をしてきた。その内容は、


「6年生に、お世話になった先生方に手紙を書かせたいから、どの先生に書くのか決めるのと、その指導をしてほしい」と、6年生の担任の先生たちが言ってきたという。私はこの時点で「?」だった。

「そういうのって先生がやらせるの?」


「子どもが書きたいと思ったら、自分たちから始めるんじゃないのか?」「そもそも先生は、子どもたちに指導するのが仕事なのでは?」等々、いろいろなことが頭を回る。


確かに「感謝の気持ちをもたせたい」というねらいは大事だと思うが、だったら、子どもたちが自分たちから書きたいと思えるような「仕掛け」が必要なのではないか?


しかし、もっと「?」なのはその後。

「6年生の先生にも書くんだって」


という妻の話。つまり、

「6年生の担任(妻も含め)は、自分宛の感謝の手紙の指導をする」


ということになる。もう訳がわからない。6年生の先生方は、こういう提案をして本当に「おかしい」と思わないのか?何の目的があるんだ?子どもたちに感謝されたいのか?書くことの指導をしたいのか?「他の先生に書くなら自分たちにも」ってことなのか?謎は深まるばかりである。


妻の学校の先生たちはあまり意識していないのかもしれないが、このままでは「こんなにいいことをさせた」という自己満足しか残らないだろう。

だって、子どもたちは書かせられているだけだから。それは「決まった言葉の羅列として」手紙に表れる。手紙をもらう先生たちにもそれは伝わる。

それに他の学年の先生方はそんなにお世話をしているか?あまり関わりのない子どもから感謝されてもやはり「?」しか残らないだろう。


イデアは大事。子どもの動機付けになるから。でも目的を間違えると、子どもも動かないし(やらされたになる)、結果も何だかよく分からないもので終わる。


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