しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

研究公開に参加して

充実した1日を送ることができた。やはり他校の実践を見る機会をもつことは大事だと思った。

今日1日勉強になったことは山ほどあるが、特に思ったことや感じたこと、考えたことを3つに絞って述べたいと思う。

教科等(生活科)について

1年生の生活科の授業を参観した。これまでの学びの様子を見ていないので、正直見えない部分も多く、ガワ的なところばかりに目がいってしまった。それでも、自分を省みるいい機会になったと思う。

授業は、外の広場で自分の思いをもって、楽しく遊ぶという活動。砂遊びをする子どもや池のメダカをすくう子どもなど、思い思いに好きなことをする。砂遊びをとっても、砂を掘って水を入れ、足湯を作る子どもや川を作って水を流す子どもなど、同じ砂遊びでも実に多様。多様だからこそ、思いを見取ることが大切でもあり、難しくもある。

そんな中、今日の授業では、様々な「道具」「用具」であふれていた。この「道具」「用具」(以下、道具としてまとめる)について語りたいと思う。

まず、子どもたちにとって「道具」とは何かである。

1つは、目的がしっかりしている道具である。シャベルやスコップなど、子どもが穴を掘りたいという思いに合わせて使用できる。
もう1つは、子どもたちにとって目的がはっきりしておらず、なんとなく使いたくなるものだ。今日は長く太い塩ビ管があったのだが、本来は水を通すものとして想定して準備したものだ。でも、子どもたちはそうは使わずに砂に立ててモニュメントのようにして使っているのだ。
これはこれでおもしろいのだが、そう考えると、子どもたちはこの塩ビ管を必要としていなかったともとれる。子どもたちが困り感をもった時に初めて必要とする道具が大事だ。そうするとかけがえのない道具になり、扱いも丁寧になるはず。
今日は子どもたちの道具の扱い方が気になった。シャベルやジョウロなど、使い終わって用がなくなると、投げ捨てているのである。こういうところも考えさせられた。

また、友達との繋がりも道具を扱う様子で見取ることもできる。今日は、シャベルを道具置き場から2つもってくる子どもがいた。友達と一緒に活動したいという表れだと思う。

道具に目をつけてもいろいろ見ることができた。

先生方とのかかわり

以前、私は学校の先生に勝手に戦いを挑んだ。

今年度教頭先生として、今日訪れた学校を出られた先生と話をした。その先生は、教頭として思ったことや言いたいことを素直に言うようにしているとのこと。学校内の様々なことを提案して改革している。その時こんなことをおっしゃっていた。
「はっきり言った方がスッキリして仕事ができる。だから、どんどん言った方がいい。それに、周りの先生もスッキリする」
とのこと。なるほどなぁ、と思った。ただ、私との違いは、自分の思いがはっきりしていて、自信をもって言えているかどうかにあることだと思う。私は、なんとなく、ブレたり顔色を伺ったりしている。やはり、もっとしっかりとした考えをもった上で話せば、戦いを挑む必要はないんだろうなと改めて思う。

すごい学校にいたんだということ

授業を行う先生方は本当にすごい。授業案を見るだけで、たくさんの思いが伝わってくる。講演で話をされた先生もOBの先生だったのだが「全国学力学習状況調査」の問題作成に関わっている方だったり「学習指導要領の解説」を書いている方だったりする。
こんなすごい人たちばかりいる学校に私もいたんだなと思うと、身が引き締まる。もっと自信をもっていいんだと自分に言い聞かせる。
あの時ほどはできないにしても、もっともっとやりたいことを考えていきたい。



今日は本当に楽しかった。以前に受けもった子どもたちも一生懸命頑張っていた。私も負けないように楽しく一生懸命頑張ろうと思った。