しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

丁寧な対応って?

今日の朝、クラスの保護者から苦情(だと思う)がきた。その保護者は、昨年度から私に対してあまり良い印象をもっていないようである。様々なアンケートや懇談などの様子から感じる。それは、子どもが学級に対して良い印象をもっていないのが大きな理由の一つといえる。まあ、30人もいれば、合わない人がいて当然。落ち込まないためにそういう気持ちをもってやっている。

その子にとっては、クラスに仲の良い友達がいないということ。自分を理解してくれる友達がいないと話しているらしい。学校生活の様子を見ていると、友達にも囲まれていたり、羽目を外しながらも生き生き過ごしているように見える。

しかし、満足感や幸福感は、それぞれ感じ方の度合いが違う。周りがどう見ても、本人がどう思うかによって決まるのだ。

これは、子どものポジティブ・ネガティヴな性格という見方とともに、家庭における子どもと母親との関係にも影響する。
子どもが家庭内でクラスについてあまりよいことを言わない→母親も不信感を覚え、家庭内で学校(取り分け担任)に対しよくないイメージで子どもと話をする→子どもはより一層、クラスにマイナスのイメージをもつ→負のスパイラル・・・

勉強ができなくても、運動ができなくても、友達が少なかったとしても、クラスに良いイメージをもっていれば、保護者も学校や学級に良いイメージをもってくれることが多い(まあ、そういう子は友達にも恵まれていることが多いが)。

正直、どうしようもないかなと思っている。良いイメージに変えることは不可能(に近い)。だからこそ偏見をもたず、どの子にも同じような接し方を続けるしかない。


まぁ、タイトルと関係ない話になっているが、これからが今日の話題。

昨日は尿検査の2回目の回収であった。1回目に忘れた子と、2次検査の子が昨日持ってくることになっていた。その子は1回目に忘れてきており、昨日提出しなければならなかった。しかし、昨日持ってこなかった。その子に尋ねると「お母さんが明日だって言っていた」とのこと。私は「昨日(月曜日)尿検査だって言ったよね」と声をかける。すると「明日、持ってきます」と言う返事が。私は「明日はもう取りに来ないんだよ。自分の体のこともっと自分で考えなきゃ」と返した。これがこの子にとってまずかったのか、先生に言われたと家庭で話したようだ。

今日の朝、母親が尿をもって来校する。配付したお便りに、2次検査は6月7日と書いてある、だから、昨日は持たせなかったというのだ。
確かに、一番最初に渡したお便りでは6月7日となっている。しかし、間違いに気付いた養護教諭は2回に分けて、訂正のお便りを出している。金曜日(2日)にも改めてお便りを出した(私は出張だったため、木曜日に渡した)。もしかすると、子どもがお便りを渡していないことも考えられる。
その子は昨日私に言われたことが気になってお腹が痛くなり、休むということ。


それでは、どこまでやればよかったのだろうか?
尿検査のことを直接その子に言うべきだったのか(2次検査の子もいたため、全体で確認した)。
それとも、連絡ノートに書いてあげるべきだったのか。
それとも、電話をすべきだったのか。
それとも「お便りを見せなさいよ」と声をかけるべきだったのか。
それとも、、、

丁寧に対応するということは、なんでもやってあげることではないと思う(学年に応じてだが)。
私としては「改めてお便りも出たけれど、念のために全体に知らせよう」と、自分なりに丁寧に対応したつもりである。

しかし、現に保護者を怒らせてしまっている。怒らせてしまう運命だったのかもしれない。ただ、
「この保護者がお便りを読まないのが悪い」
というのは簡単であるが、現に尿は持っていかれなかった。困るのは子どもであって私でも保護者でもない。そこに大きな問題があり、文句を言い合っても何も解決しないのである。
もしかしたら、これからもこういうことがあるかもしれない。良いイメージをもたれていないからこそ、その可能性も高い。そういう時、どこまで手を出したらよいのか課題である。

ポイントとしては「子ども理解」とともに『保護者理解』も大切なのかもしれないということ。。。

ああ、難しい。

偏見をもたず、冷静に事を見つめているつもりだが、結局、保護者批判になっている気がする。だから、信頼関係が築けないんだろうな。。。

もっとCOOLかつWARMであらねば!