しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

明日から修学旅行

ついに明日は修学旅行。今日の5時間目に最終確認をした。そこで感じたことを今日は述べたい。

自分の見通しの甘さ

今日になって、子どもたちからいろいろな質問がきた。服装のことだったり、持ち物のことだったり。
今までだと「しおりを見て自分で確認しなさい」と突きかえしていたが、この時点までくると、そうはいかないような質問がくるようになる。

例えば、持ち物に『帽子』とある。しかし、子どもたちにしててみれば『紅白帽子』なのか『普通の帽子』なのか、それとも『どちらでもいいのか』という判断の迷いが生まれる。
正直、私もよく分かっていなかった。私としては『普通の帽子』でいいのではないかと思ったが、質問してきた子どもは「私の姉が行った時は『紅白帽子』でした。班長が誰だか分かるように、班長だけ帽子を赤にしていたそうです」と言ってくる。ここで私は「なるほど」と思ってしまった。前日なのに、私の方がしっかりと考えていなかったのである。

ここにきて、こういう質問が多くあがってきた。自分の見通しの甘さを痛感する。もしかしたら、私の方が忘れ物をしたり、抜けがあったりするかもしれない。自分の中では、しおりもひと通り読んだつもりだが「読んで理解した」だけで、そこから「何も疑問点を見いだそうとしなかった」のだと思う。もう一度、様々な場面から想像しながら、準備したいと思った。

まぁ、もちろん、変な質問もある。「朝風呂はいいんですか」とか「キャリーバッグでもいいですか」とか「ゲームセンターにいってもいいですか」とかとか。こういう、訳の分からない質問に紛れて、本質を突いたり、大事だったりしる質問があるから、気が抜けない。

自分事になると、主体的に考え出す

私は見通しが甘かった。しかし、逆に考えると子どもたちは入念に計画、準備しているのを感じる。一種の成長かもしれない。
どうしてここまで、深く考え、疑問点を見いだすことができるようになったのか。それは、この修学旅行を「自分事」として捉えているからだと思う。自分にとって楽しいことであるため、必要感をもってこの「修学旅行」に向かっている。だから、視野も広くなる。また、困りたくないから「こんな時はどうしようも」「これはどういうことだろう」といった疑問点が見つかる。

このような思いや対象に向かっていく態度や姿が、各教科等に見られるようになったら、学力も向上するのだろうなと改めて感じた。

小学校生活で一番の思い出

おそらく、明日からの修学旅行が、小学校生活でナンバーワンの思い出になる子が多いであろう。この「修学旅行」の計画や準備、話し合い等に向かう子どもたちを見ていると、それがよく分かる。
でも、それがちょっと寂しい気もする。
やっぱり、授業が勝負。「一番の思い出は『先生の楽しい授業』です」と一人にでも言ってもらえるように、残りの9ヶ月を送りたい。

とにかく

とにかく、自分も楽しもうと思うん。実は行き先は私の出身地(だから見通しが甘いのもある。「なんとかなるんじゃないか」のような気持ちがどこかにある)。自分がよく知る場に行くからこそ、普段目がいかなかったようなところに、目を向けていきたい。
今日は早めに休もう。。。