しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

修学旅行1日目!

修学旅行1日目。
博物館見学や座禅体験、焼き物体験などをした。

私の学び

1日目における私自身の学びをまとめたい。

遊びをせんとや生まれけむ

今日訪れた博物館での学び。この博物館、何度も行ったことがある。個人的に行ったこともあるし、前々々任校では、社会科の学習で見学に行ったこともある。なんせ、私の出身地。
こういう環境だからこそ、違う視点で学びたいと考えた。
様々な展示物をよそに私の目に付いたもの。それがこの表示(看板?)

この看板、「民俗」というブースにあった。
いろいろと忙しくしている現代の小学生にこそ、大切な言葉だと感じた。
今の子どもたちは、本当に「遊び方」が分からないと感じている。ゲーム機での遊び(これは遊びなのかは疑問)はできるが、様々な「もの」を使ったり、様々な「ひと(友達や地域の子ども、大人など)」とかかわったりしながら「遊ぶ」ということができない。

「遊び」の本質というものを改めて考えることができた。

音(おと)

子どもたちは座禅体験をした。私は写真を撮りながら、無になっていた。
静かな世界。耳に入ってくる「鳥の鳴き声」や「木々が揺れる音」などの「自然の音」。また「お坊さんの歩く音」や「カメラのシャッター音」「子どもたちが動いた時に出る音」などの「人工的な音」。そして「音のない音」とでもいったらよいのか、何も音がないからこそ、聞こえている気がするような「無の音」。ザワザワとした音のない世界。なんだか不思議な感覚になった。
それは、夜、眠れない時に感じるような、音がないからこそ感じるむずがゆさ。聴覚の不思議を感じた。

なぜ「湯のみ」?

1日目の最後は、みんなで「湯のみ」を作った。一人一人手捻りでこしらえる。
私も一緒に作りながらふと思う。
「なぜ今、我々は『湯のみ』を作っているんだ?」
体験活動として組み込んだ「湯のみ作り」。事前の計画、準備、指導などの時に子どもたちと話し合い、意味付けをしておきたかった。
でも、なぜ「湯のみ」なんだろう。私自身意味付けされていない。伝統工芸ともいえないし、特に有名というわけでもない。

しかし、作っている内に、そして工芸館の方の説明や演じを見て「職人」という仕事のあり方や姿勢、こだわりを感じた。これは、まさに「キャリア教育」。「総合的な学習の時間」との関わりがあったことに気付く。つくづく惜しいことをした。この意味付きがもっと早く私の中にされていればと反省。

やっぱり、学びとして意味あるもの(学びとして繋がるもの)を体験させたいものだと、作りながら反省する。

明日は

明日の目標

私自身の学びを

明日は明日なりに私自身の学びを得たい。明日は班別の自由行動。子どもたちを見守りつつ、自分も育った街だからこその発見をしてきたい。育った街といっても、大人になってからは離れてしまっているため、知らないことの方が多いと思う。でも、どこかで知った気になっている。
明日は、観光客のつもりで街を歩いてみたい。

お土産

家族へのお土産は難関だ。よく行く街だからこそ、いつでも行けるからこそ、普段とは違う物を見つけなければならない。めぼしいところをリサーチしなければ。息子には定番の「刀」かな。おそらく、子どもたちも「刀」を買うんだろうな。4歳児と同レベル・・・。

1日目のまとめ

とにかく、無事に終えられたのが一番。ホテルでの美味しいご飯と温泉は修学旅行にはもったいないかもしれないが、これも一つの経験。とても充実した満足の1日目であった。
明日も楽しもう。