しがない教員の学校・学級・生活日誌

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学級ルールについて

学級には様々なルール(学級独自の決まり)がある(場合が多い)。今日は、そんな学級のルールについての記事。

様々な学級ルール

今までにしたことがある、また聞いたことがあるルール

1前方からは教室に入らない

2シャープペンは禁止

3ペン類は禁止(赤青エンピツのみ)

4授業中は筆箱を出さない

5給食の苦手なものも一口は食べる

6給食は始めに牛乳を一口飲み、次に汁物に手を出す

76とは逆で、牛乳は最後に飲む

8発表するときは、椅子を入れる

9挙手は右手

10朝の動線が決まっている(例:①教室に入る。②ランドセルを下ろす。③荷物を机にしまう④宿題を出す。⑤水やりをする。など)


等々、いろいろなルールがある。

それらの学級のルールについて、以下の3つの視点で少し深く見ていきたい。

そのルールの目的は?

ルールがあること自体は大切なことだと思う。集団づくりにおいて規律ある学級にすることはやはり必要。

しかし、それらのルール。必要性や目的を説明できないルールや、教師によってその目的が違うルールも数多くあるのではないか?

例えば、上の1のルール「前方からは教室に入らない」について。

私の担任するクラスでの出来事。
昨年度のはじめ、前方から教室に入ってきた子どもに、ある女の子が「前から入っちゃダメだよ」と声をかける。理由を聞くと「前は先生方が入るドア」だとのこと。どうして「前は先生方だけ」なのか聞くと、理由は分からないとのこと。

子どもたちは、目的の分からないことをルールとして受け入れ、守っていたのである。これがどういうことを引き起こすかというと「形骸化」である。つまり形だけ。形だけだから、教師が見ていなければ守らなくなる。

私は理由を見いだせなかったため、そのルールは無しにした。


それ以外でも、上に挙げたルールの中でなぜなのか分からないものも多い。内容は置いておいて、教師がルールの目的をもっていなければならないし、その目的をしっかりと子どもたちにも伝えておかないと、必ず「形骸化」する。

どんなよさがあるの?

どんなルールでも「よさ」がなければ、やる意味がない。

例えば「シャープペンは禁止」のルールについて。

このルールを守ることによって、
「『カチカチ』うるさくなるのを避けられる」
「授業中気にするのを避けられる」
「鉛筆を使うことで、筆圧よく、正しい字を書くことにつなげることができる」
などのよさを、私は見出している。

そして、それを子どもたちに伝えている。

そのよさを感じられれば、子どもたちは自ずと守るのではないか。

誰の都合?

最後に「そのルールは誰のためのものなのか」ということを考えたい。

例えば、上記の9の「挙手は右手」のルール。
このルールはよく分からなかったが、自分なりに「よさ」を考えてみた。「みんなが右手を挙げれば、教師は見やすいし、数えやすくなる」というのはあるだろう。

でも、これは完全に「教師の都合」であって「子どもたちのため」ではない。そうなると、子どもに無理強いをしているのにつながる。とともに、子どもたちには「よさ」が伝わらない。


また、10の「動線」についてのルールも考えてみる。

その中で「水やり」というのもよく見るが、これについても「誰のためなのか」を考えたい。
確かに、水やりをしなければ、植物は枯れてしまう。「枯れてしまったらかわいそうだし、観察ができなくなるから動線にしてみんなにやらせたい」というのは分かる。しかし、これは「子どもたちの都合」のように見えて、実はそうではない。もしかすると「教師の都合」なのかもしれない。
「枯れてしまったら、枯らしちゃったと思われる」とか「枯らしちゃったら、親からクレームがでる」とか「夏休みに観察できないと・・・」とか。
でも、もっと先を考えてみると「水をやらなければ枯れる」ということを感じさせることだって大事だと思うし、元気がなくなってきたら「もっと水をやらなきゃ」といったように、自分の育てているものに愛着だってわくであろう。逆に、この先生から離れたら自分で栽培などできるようになるのか?

そういう目線で見てみると、なんでも機械的に動くことも危険なのである。

「自分で考えて、自分の中で最善の行動ができるようにすること」も大事なこと。低学年では動線も必要かもしれないが、徐々に主体性を出させることも必要である。
それが「子どもたちのため」なのではないか?

まとめ

以上、3つの視点から「学級ルール」について考えてみた。書きながら思ったことは、この3つは深く関係しているということ。ルールをつくる上で、そこに「目的」と「よさ」がないとだめだし、その目的とよさの「対象」が子どもたちでなければだめなのである。

これをふまえて、もう一度学級のルールを見直していきたい。