しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

考えの相違があるからこそ

今の学年は、担任が全員持ち上がり。そのため、もう勝手知ったるといった感じ。しかし、考え方の相違でたまにすれ違いが起きることがある。


今日の「水泳」の学習において、主任と考えの違いが生じた。お互いに意図があることであるため、どちらが悪いというわけではない。また、特に大きな問題でもない。そのため、主任の考えに従うことにした。


2時間目に体育で「水泳」の学習を行った。

「水泳の時間あるある」だと思うが、プールに入る前の着替えや準備体操、シャワーで結構な時間をとってしまう。また、終わってからのシャワーや着替えにも時間がかかる。そのため、プールに入っている時間がどうしても短くなってしまいがちである。
そこで、できるだけ長く時間が取れるようにしたいと考えるのが常であると思う。

私としては、無駄な時間を作らず、
「着替えは早く」「すぐに並ぶ」「テキパキ動く」「次の時間の準備もしておいて」
など、可能な限りの訓練というか、当たり前にできるようにさせたいと考えている。そうすれば、6年生なら30分以上はプールに入っている時間を生み出せると思っている。
ただ、そのためには、一人一人の意識を高めなければならない。


主任もできるだけ長くプールに入らせたいと思っている方である。主任もおそらく、上記に記した私の考えに異存はないはず。しかし、子どもたちが上記に記したようにはなかなか動けないのも事実。そこで主任がとる行動は、物理的に長く入らせるようにするということだ。
つまり、時間を延長するということ。
2時間目であったため、業間休みに食い込んでもいいという考え。


私もできるだけ入らせたいと思ったため、時間いっぱいまで泳がせ、時間が来た時に笛を鳴らした。しかし、主任は「もっと泳がせよう」と、3時間目ギリギリまで入らせたいとのこと。

確かに、業間休みはプールは空いている。しかし、私の考えは「休み時間も大切にさせたい」ということ。忙しい6年生だからこそ、できる限り休み時間は自由に過ごさせたいと思っている。

よく「授業は伸ばしてはいけない」と言われている。子どもたちの集中が途切れてしまうから。それは、体育でも、図工でも何にでも言えるのではないだろうか?

しかし、それは、私の考え。

主任の考えも分かる。天候に左右され、いつできるか分からない水泳学習。しかも、期間は短い。だからこそ、少しでも泳げる時間があるのなら泳がせたいというのは当然といえば当然だ。


考え方の相違が生じただけなのである。どんな場面でも、考え方の相違はあり得る。子どもたち同士の関係性でもよくある話だ。

だからこそ、自分の意思を表出しなければならない。「話し合うことで分かり合える」のではなく「話し合うことで自分と違う考えがある」ということに気付くのである。自他の考えの相違に気付くからこそ、建設的な妥協点が見つかるのではないか?