しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

自分事じゃない宿題

娘の夏休みの宿題。

ドリルの他に、国語系、図工系、理科自由研究から一つ何かを選んでやらなければならないらしい。

そこで選んだのが、理科自由研究。去年も取り組んだこと、そしてちょっとした賞を取ったことが大きな理由のようだ。


しかし、これがかなり厄介。それは、選んだ理由にあるのだと思った。
「去年もやったから」「また賞を取りたいから」のような理由が先行しているため、研究そのものに対して目的がないのだ。つまり、自分事じゃないということ。だから、課題だらけになってしまっている。


まず、テーマが決まらない。別にやりたいわけじゃないから当然だ。かつ、低学年では理科をやっていないため、なおさら難しい。そこで、親の助言が入る。生活科の学びからがよいのではないかということで、ミニトマトから派生した研究になった。
これもまた課題だ。というのは、ミニトマト自体なぜ育てているのか分からないからである。
http://www.truth-teacher.com/entry/2017/07/15/095858
そのため、ミニトマト自体も「自分事」じゃない。

するとどうなるか?
まずは、100%受け身。
〇「次はどうするの?」
〇「なんて書けばいいの?」
という言葉。

そして、やる気なし。
〇片付けしない
〇なくす
〇声をかけられて始める、、、ならいいが、始めない。

それから、親依存。
〇「〇〇っていうのはどう?」と助言すると、そのまま書く。


他の宿題も同じだ。絵日記は、絵だけ描いて、文は「なんて書いていいか分からなかったからできなかった」となるし、1行日記も言われるまで書けない。



「宿題をやらない」「できない」が問題ではない。もっと根深いところにあるというか、本質的なところにあるというか、何と言っていいか分からないが「気」の問題なのかなと感じた。


主体的な学び。課題自体にも課題があるだろうし、取り組ませ方にも課題があるだろうし、課題をこなした後どうするのかということにも課題があるだろうし、、、。「夏休みの宿題」の在り方にもメスを入れなければならない時期なのではないか。。。