しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

本当のボランティアって

私の勤務する学校には「ボランティア委員会」という、児童会の委員会がある。「赤い羽根」「白い羽根」「緑の羽根」の各募金を呼びかけたり、ペットボトルのキャップを集め仕分けたり、朝の清掃をしたり。

でも、なんか違和感を感じている。「ボランティア」ってそういうものなのか。「ボランティア委員会」って矛盾しているのではないか。そもそも「ボランティア」ってなんなのか?Wikipediaを見てみると、こんな一節が。

ボランティア活動の原則として挙げられる要素は一般的に、自発性、無償性、利他性、先駆性の4つである。[Wikipediaより]

「ボランティア委員会」も、ある程度あっていそうだが「自発性」というところが引っかかる。
学校側が位置付けた「ボランティア委員会」。どのくらいの児童が「入りたい」と思って入っているのだろうと思うと、かなりあやしいと思う。
つまり、学校側が活動のお膳立てをし、子どもを集めないと、募金にしろペットボトルのキャップにしろ、行われないのではないかと思うのだ。


悪い活動をしているわけではなく、むしろよい活動をしているので、活動自体には何も言わないが別に「ボランティア」という言葉とは違うのではないか。


今朝、可燃ごみの日であった。地区のゴミステーションにゴミを持っていくと、町内会長さんがゴミ庫の中に入っていた。何をしているのかというと、捨てられたゴミを奥の方に投げ入れてまとめ、ゴミ庫を広くし、もっとゴミを入れられるようにするとともに、ゴミを入れやすくしていたのだ。

町内会長だからやっていたのではないと思う。ただ、ちょうど、ゴミを捨てに来た時ゴミ庫がゴミでいっぱいだから整理しようとして「自発的に」きれいにしていたのだと思う。

それが「ボランティア」かどうかは分からない。でも、心が豊かでないとできないことであるのことは確か。「ボランティア」も、心が豊かでないと「自発性、無償性、利他性、先駆性」をもった活動なんてできないと思う。


何がいいたいのか、やっぱり「豊かな心」をもった行動って、とっても気持ちがいいってことだ。「ボランティア」も心が豊かだと、感じ方も違ってくる。大事なのは活動の裏にある「思い」。それって育つものなのか。育てるものなのか。なかなか難しいな。