しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

子どもたちも教師を評価している

明日は市の陸上大会。私はかんとくであるが、主な指導は教務主任(Z先生としよう)がやってくれている。Z先生の陸上指導は子どもたちにとって絶対的な信頼がある。
今日、子どもたちが「Z先生って今年までかな?そろそろ異動かな?Z先生がいなくなったら、終わっちゃうね」などと話していた。子どもたちはZ先生をすばらしい陸上大会の先生だと評価しているんだなと感じた。


我々教員は、子どもたちを評価をしなければならない。
評価規準にそってその到達度を見る評価だったり(これが一番イメージしやすく、一般的に捉えられやすい評価だと思う)、個人の中での変容や成長を見る評価だったり、単純に○✗による評価だったりと様々である。

しかし、肝に銘じなければいけないことは、子どもたちもしっかり教師を評価しているということ。


低学年の子どもたちは、素直だからこそ残酷。直接的に「○○先生は怖いから嫌だ」「○○先生、つまんなたあ」と平気で言ってくれる。

高学年の子どもたちは、直接的には言わないからもっと残酷。先生は評価されていることやその内容に気付かない。私を信頼してくれる子が漏らす時がある。「○○先生って怒ってばかりいるけど、正直何言ってるか分かんないんですよね」「○○先生、授業下手!」とかとか。結構辛辣。はたまた「△△ちゃんや□□ちゃんたちと○○先生じゃなくて良かったって話してるんですよ」「6年生の中では先生の評判が一番いいですよ」などというように、友達同士で教師の評価について話題にしていることもある。


「評価する」ということは「評価されるということ」だ。子どもの評価に足る指導者でなければならないと思う。そして、子どもに対する評価はその子どもを指導した自分に対する評価だ。そして、そこには子どもたちの自分に対する評価も現れる。


子どもたちはよく私たちを見ている。感じている。それを忘れてはならないなと思った。