しがない教員の学校・学級・生活日誌

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「授業の準備ができない」という話

Yahoo!ニュースより

確かに普段、授業の準備をする時間ってなかなかないよなぁと感じる。放課後は特設活動、それが終わると、事務整理、、、という先生が多いのではないか。特設活動についても、自分で好きで活動をしている先生もいれば、割り当てられちゃった感で活動する先生もいるだろう。事務整理も、とにかく子どもに返したいという思いでやっている先生もいれば、与えたプリントだから仕方なし丸付けするかの先生もいるかもしれない。
時間の使い方やその意識も温度差があるような気がする。

そもそも「授業の準備」っていうものも、いろいろな捉えがあるように思える。
教材・教具をつくるのも準備だろうし、それ自体を考えるのも準備だろうし。そのためには単元構想も必要だろうし、そのためには年間を通した自分の重点もあったほうがいいだろうし。
単元構想や自分の重点を考えるとしたら、そもそも「放課後」や「空き時間」にできる準備の方が少ないような気もする。
だとすると逆に、会議の時間や特設活動の時間、通勤時間や帰ってからの時間、休みの日の生活時間など、ありとあらゆる時間が授業の準備の時間になるのではないかとも感じる。
例えば、会議をしていて、子どもたちについて話が出たとしたら、自分のクラスと照らしあわせて考えることもできるだろうし、町を歩いていて、季節の変化を感じたら、それを教材にできないか考えられるだろうし。


そう考えると「『授業の準備』の時間がない」というのは、言い訳のような気もするし、実際に授業に関すること以外の仕事が多いのも事実だし、先生間の温度差もあるし、正直先生方によって負担の割合が違うというのもある。

そんな中だと「授業の準備ができない」というのも、それぞれのレベル差がある気がする。

だから、そう考えると、簡単に話せる話題ではないなと思った。