しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

焦らずに、でも立ち止まらずに

最近、何かに焦りを感じているような気になっている。何に焦っているのかは自分でもよく分からないのだが、何かに気をもんでいるのである。

焦っていると、結果ばかりを求めてしまうようになり、物事の本質や大切にしたいことなどを見失ってしまいがちだ。そこに向かう過程やそこに込める思いなどが蔑ろになってしまう。


例えば、今校内の絵画展の絵の締め切りが迫っている。締め切りまでに終わらなそうな子もいる。自分としては限られた図工の時間内で終わらせたいのだが、実際はそうはいかない子もいるのが現実。すると、私にも子どもにも焦りが生まれる。するとどうなるか、

T「遅れてるよ!早く!」

T「休み時間や放課後にやりなさい」

となりやすい。子どもの立場でも、

C「この色でいいや」

C「放課後はやりたくないから、チャッチャと終わらせなきゃ」

とかになる可能性も。

となると、絵は完成したとしても、ただ、それだけで終わってしまうのだろう。何のために終わらせたのか、それは終わらせるために終わらせたということになってしまう。「その子の絵」がいつの間にか目的くら外れてしまうのだ。


これは、生き方にも同じようにいえると思う。「早く一人前になりたい」「あいつに追いつきたい(追い越されたくない)」などと思うときに、その結果ばかりを求めてしまうこともあろう。例えば、本質を蔑ろにし、過程を軽んじて一人前になったとする。すると、築きあげたものがない中一人前になってしまうことになるため(正しくは一人前になった気になるため)、一人前としての仕事を求められた時に、自分自身が困ることになるのだ。


とすると「どうしてそうしたいのか」「どうしてそうしなければならないのか」「そのために何が必要で、どう取り組まなければならないのか」「その後はどうあるべきか」等々、考えていかなければならないのだと思う。

そしてそのためには、やはり立ち止まらずに進んでいかなければならないと思う。何かを求める過程の中で、得るものや力になるものが多いのであろう。