しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

他クラス、他学年の子どもへの指導

「A君やBさんには厳しく声をかける」「CさんやD君には、話を聞いて諭すように指導する」「E君の場合は、保護者と連絡をとりつつも、少しほっておこう」

等々、子どもによって指導の仕方や関わり方に違いが生じることはよくある。これは、贔屓しているわけではなく、その子を見取った上で、その子に合う指導を選んでいるといえる。厳しい指導が合う子やそれを望む子もいれば、厳しく指導すると居場所がなくなる子もいる。


これはクラスの子どもを理解した上で可能になることである。なので、早い段階でクラスの一人一人の見取りができると指導しやすくなるし、指導に良いテンポが生まれるため、学級経営がしやすくなる。しかし、その日によって子どもの調子も気分も違うため、そう簡単にはいかないのが実際のところであるが。


今日は、クラブ活動の反省があった。ある4年生の子の反省が「楽しくできた」だけであった。それを6年生の部長が「これだけではちょっと・・・」と思ったらしく、それを主の担当の先生に報告した(私は副担当)。主の担当の先生も「1年間の反省がこれだけでは・・・」ということで、書き直しを指示した。4年生なので、上級生に対してということで、ちょっとだけ厳し目の指導であった。おそらく私でもそうしたと思う。しかし、その途端その子は泣き出し、固まってしまった。その後、しばらく何も書けずに泣きっぱなし。私も声をかけるが一向に泣き止まず。一つ一つ書くことを提案したり、活動を振り返ったりしてあげて、ようやく「ボールが投げられて楽しかった」と書けた。


もしかしたら、この子はなかなか文章が書けない子なのかもしれない。または、指導されると固まってしまう子なのかもしれない。はたまた、今日は調子が悪かったのかもしれない。

つまり我々担当は、その子のことをよく知らずに指導しているのである。我々の中にある「4年生としての基準」にその子を当てはめてしまっているのだ。よく考えてみると、6年生の私のクラスの子でも「楽しくできた」になってしまいそうな子もいる。でも、そうなった時に、もしくはそうなる前に指導する術をある程度もっている。それをそのままほとんど見ず知らずの子に通用するはずがないのだ。

よく考えると、それはとても怖いことだ。もしかしたら指導した子はクラスで辛いことがあったばかりなのだとしたら、「あの時、あの先生にこんなことを言われてショックだったから、もう学校に行きたくない。」となってしまう可能性もある。


だからといって、クラブや委員会、縦割り班などで関わる子どもたち一人一人について深く見取ることは現実的に難しい。クラスの子でさえまだまだ甘いのに。。。一つの大きな課題だ。