しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

アクティブラーニング・・・

私がよく読ませていただいているgdoragonmfさんのブログで、アクティブラーニングについての話題が述べられていた。

この、gdoragonmfさん、保護者の目線で教育について述べてらっしゃり、私自身教員としての在り方を考え直すきっかけをくださり、その都度省察させていただいている。


gdoragonmfの家で話題になったという「アクティブラーニング」。やはり、世間一般的にも耳にする言葉なのだということが分かる。今年、新学習指導要領が示されたが、それを検討する上で出された言葉である。

しかし、この「アクティブラーニング」だが、その言葉ばかりが独り歩きしている感が強い。教員なら知っていると思うが、示された新学習指導要領では、この「アクティブラーニング」という言葉は削除されている。代わりに(代わりではないのだろうが)「主体的・対話的で深い学び」という言葉になり、今ではこの「主体的・対話的で深い学び」という言葉が独り歩きしているようにも思われる。

実は「アクティブラーニング」は新しい指導法では全くなく、生活科や総合的な学習の時間などではいわゆる「アクティブラーニング」の学習が当然のごとく行われていたはずであり、他の教科等でも大切にされてきたはずである。それをもう一度大切にして見つめ直そうということで現れた言葉だと思っている。

しかしこれが「子どもに任せた授業にすればよい」とか「子どもの好きなようにやらせればよい」などというような、いわば「誤解」が生じてしまっている気がする。


ただ、私が「確かにそうだよな」と感じているのは、gdoragonmfがおっしゃっているように

学校で学んでいる事が今より苦痛ではないのかもしれないな…、勉強が嫌いとはならないのかもしれない

というような授業にしていかなければいけないよなぁということ。それはやはり「教え込み」だらけの授業ではダメだということは確かだ。。。

とは言ったものの、子どもたちが主体的に生き生きと活動している授業のよさに教員が気付かないと、いつまでも「教え込み」のまま変わらないのだろうが。。。身近にいる先生の話だと「うちの学級は、誰も無駄話しない、静かな授業になっているから」と、自慢している人がいる。「子どもたちには自由に話はさせない」と豪語している。全然分かっていない。。。