しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

まさか金八先生の言葉を使うことになるとは・・・

金八先生、第四シリーズが放送された年、私はちょうど中学三年生だった。「こんな状態あるわけないじゃん」と思いながらも、設定と同じ受験生として役と自分を重ねながら毎週見ていたことを覚えている。

その中での金八先生の言葉で今でも頭に焼き付いているセリフがある。それは、

「君たちはまだ15歳。死ぬなんて言葉をそう簡単に使うなよ!」

という言葉。この頃は自分自身「死」というものについてまだまだ曖昧で、というか、そこまで意識していたわけでもない。そんな自分にどこか突き刺さる言葉であったから、今でも忘れないでいるのだろう。


ここ数日、一部のこの間で、自分のものに「死ね〜」と書かれたり、包丁で刺されて血を流している絵を描かれたりするようなことが起こっていた。はじめは席が隣の子たちの間で起こっていたことであったようで、やられている子もそんなに気にしていた訳でもなく、どうやらやった方は遊び、悪ふざけのつもりでやっていたようだ。それが楽しいからか、それを前の席の子にもやり始めてしまったことで、やられた子が声を上げることになり、ことが明るみになった次第だ。


やはり、使っていい表現や悪い表現についてはまだまだ認識が足りないようだ。表現自体が稚拙であるが故、残酷であり強い憤りを感じ、遺憾と虚しさにくれてしまう。

子どもたちは「死」というものを軽く扱いすぎだ。生きる希望をもちながらも亡くなってしまう人もいる。突然の事故や事件に巻き込まれ「死」を意識することなく亡くなってしまう人もいる。悩みに悩んで、苦しんでどうすることもできなくなり、一番してはいけない決断をしてしまう人だって残念ながらいる。「死」を迎えた(迎えることになってしまった)人たちには、それぞれのドラマや生き様がある。ただ「死んだ」などと一言で語れるような小さなことではないのだと思うのだ。だからこそ、その生き様を創り上げようとしている子どもたちに、「死」という話題を簡単に扱って欲しくない。

そんな虚無感を抱いた私の口から出た言葉が、金八先生のセリフ(そっくりそのままではないが)。

この言葉が子どもたちに届いたかどうかは分からない。ただ、改めて私の心の中に突き刺さる言葉であったと思う。。。