しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

忖度じゃない「子ども発」

子どもたちが行う活動はできる限り、子ども発がいいと思っている。教師から提案だったり指示だったりすると、どうしても義務感ややらされ感を感じさせてしまう。たとえその提案が、子どもたちにとって魅力あるものだったとしても「先生が楽しいことを考えてくれた」であり、受け身であることは変わらない。

なので、教師からの提案であっても、あたかも子どもたちが考えたかのように仕組むことが大切だと思う。その仕組みに子どもが乗ってきた時はとても気持ちがいい。それは忖度ではなく「子ども発」である。

とはいっても、なかなか「子ども発」になるのは難しい。どうしても子どもが私に忖度したり、その活動に誘導したりしてしまう。


卒業を意識し始めた子どもたちであるが、小学校生活も残り50日弱であること、その50日弱は本当にあっという間であることを実感している子どもは少ない。残りの小学校生活を大切にしてほしいと思い「卒業式まであと○日カレンダー」を作らせたいと思った。しかし「作らせたい」のままでは、やらされ感まんさいで実感は沸かないだろう。この「作らせたい」を「作ってもいいですか」に変えたいと思った。しかし、何もしないと子どもたちはそんなことは思いつかない。

そこでやったことは「何度も『あと○日』という言葉を使っておく」「何気なくそれっぽい紙を用意しておく」「子どもたちに『卒業の実感ってわいてる?(わかないという子どもが多かった)実感をわかせるためになにかできる?』とだけ聞く」ただ、これだけ。ただ、これだけで「卒業までのカレンダーを作りたいです」を引き出すことができた。

ようやく自発性が出てきた子どもたちだからこそ「この子どもたちには、このくらいの仕掛けでいいかな?」という気もしたし、これまでの子どもの様子から予想することもできたように思われる。


思えばここまで2年。やっとここまできたなと思うが、もう終わりは目の前。ちょっとかかりすぎたなと思う。でも、子どもの思いを捉え、それを子ども発として叶えてあげるには一朝一夕にはいかないこともよく分かる。大事なのは、学校で真ん中にいるのは誰かということ。教師の独りよがりにならないようにしつつ、子どもの主体性を根幹にしたものにしていきたい。