しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

「他人事(ひとごと)」はそう簡単に「自分事」にはならないことがよく分かった

2学期に隣のクラスの男の子が、道路でサッカーをしていたのを通行者に通報され、生徒指導の先生から厳しく指導されていた。学区は住宅地であるため、車通りは多くないが、逆に運転者も交通量が少ないからと、スピードをだすなど結構危険な運転をすることがよくある。

6年生にもなって道路で遊ぶというのは愚かだなぁとしか言いようがない。幼稚園や保育所に通っていた頃から「道路で遊んではいけない」ということはずっと繰り返し指導されてきたはずだ。なので字面では「道路で遊んではいけない」ということは分かっていたはず。でも、それが自分の行動に結びつけて考えることができないのだろうと思う。つまりは本当に「自分事」として受け止められないのだと思う。だから、そういう通報があってはじめて「自分事」になるのかもしれない。

その子が指導されたことに対して周りの子の反応は冷たく「道路でサッカーなんて考えられないよね」「おかしすぎるよね」といった呆れた意見がたくさん聞かれた。


そして今日、また通報される。上記の子ではないが、私のクラスの子数名を含む男子たち。内容はもっとひどい。「毎朝、道路でサッカーをやっていて困る。私はこの道を歩くのはいけないのでしょうか?」というような内容。登校前に友だちと待ち合わせをしており、みんなが集まるまで毎日やっていたようで、2学期からずっとだったらしい。悪気は全くなかったようで、生徒指導担当からの呼び出しで悪いことだったということに気付いたようだ。
私のクラスで呼ばれた子たちはもれなく上記に上げた隣のクラスの子をバカにしていた。つまり全く「自分事」になっておらず、自分たちが怒られてはじめて、自分たちがしたことと隣のクラスの子がしたことが同じだということに気付いたようだ。


これは、今回のことに限らない。悪いことに限らず、いいことでも「自分事」にして行動するというのは難しいのだと思う。そしてそれはどんなに身近な人がそれに関わっていても、自分とのつながりを見いだせなければただの「他人事」のままだ。今後の大きな課題を見つけたなと思う出来事だった。