しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

道の選び方(自己決定)

高校入学前から入学後の頃の話。
中学生の時、K君、T君、N君という友達と仲良くしていた。特に気が合うという訳ではなかったが、K君とT君は頭がよかったため(この場合の頭がいいとは勉強がよくできるとする)、一緒にいると、こっちまで頭がよくなり(競うから勉強を頑張るため成績が良くなっていった)知的になっていく気がしたのだ。3年生になると、高校入試があり、志望校を決めなければならない。私の住んでいた地域はい高校が少なく、あまり選ぶことができなかった。そのため成績である程度受験する高校が決まってしまう状況にあった。

私が選んだのは一応その地域で一番の進学校(といっても大して高校がなかったし、その頃はまだ男子高、女子校に分かれていたため、なおさら選択肢は少なかったのでそんなに大したことない)。K君やT君と仲良くしていたため、成績が良くなりその高校を選べるようになったというのもある。そしてK君とT君、N君もその高校を選んだ。

しかし、N君は成績が芳しくなく、その高校を選ぶにはかなりの無理感があり、正直無謀であった。しかし、N君としてはどうしてもK君とT君と一緒の高校に行きたかったらしく、その高校を受験した。つまりは友達で志望校を選んだということである。


N君の結果はなんと合格。このN君、強運の持ち主で、実はこの高校、その年の倍率はもともと低かったにもかかわらず、当日欠席もあり、最終的に定員割れをしたのだ。このようなこと(この高校が定員割れを起こすこと)はめったになく、奇跡としかいいようがない。


晴れてK君とT君と同じ高校に入学した私とN君。入学すると、友達も変わり、K君やT君とは疎遠になっていった。それは、N君も同じで、N君もK君とT君と一緒にいることはなっていった。

そこからのN君の高校生活はとても苦しいものになる。それもそのはず、学習がとても追いつかないのだ。毎年進級は仮進級となってしまい、追試の嵐。仮進級のため、部活では大会に出られず(出場権がなく)であった。せっかくの進学校なのに、大学にいけず、今ではパート暮らし。あの時の道の選び方(自己決定)が大きく人生を左右してしまったのではないかと思う。


自分の進むべき道を選ぶ機会は成長するに連れ多くなり、その一つ一つの自己決定が自分を創りだすものとなる。だからこそ、自分を客観視し、後悔のないような判断のもと決定したいものだ。N君は自分で決定したのだから、後悔はしていないかもしれないが、正直あの選択は正しかったのかと疑問に思う。


今の子どもたちもよくある。「友達と一緒がいい」と判断を間違ったり、本当はしたくない選択をしたり。こういうとき、道標をつくってあげないといけないんだろうなとふと思う。

最近の子どもたちはN君とは逆のパターンが多いなと思う。友達を気にし、そして自信がないのも相まってできるのにできない選択をする。上級レベルをあえて選ばず、あえて初級・中級を選ぶ。これはこれでもったいないなと思う。

自己決定。やっぱり難しい。。。