しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

意味付けることが大事

今日は「6年生を送る会」があった。いよいよ卒業だなぁと改めて実感させられる。

各学年からの発表も、6年生のために毎日練習したのだろうなと思うと、ありがたいものだ。

今日の記事は、その発表の在り方について考えたことを述べたいと思うが、決して批判するものではない。それは「動機付け」や「振り返り」がどうあったか分からないから。なので、ふと思ったことを書き記したい。

学年の発表。この年度末に差し掛かる非常に忙しい中、内容を考えるとともに、その練習をしなければならない。だからこそ、できるだけ効率よく創りあげるために、学習したことに一味加えたものにする方法が一番現実的だ。今日も、体育の時間にやったダンスや音楽でやった歌の替え歌や合奏、国語で学習した言葉遊び等々、それぞれに工夫した内容になっていたと思う。。しかし、それらを「6年生を送る会」の趣旨に合わせたものに意味付けることがなかなか難しいのだ。


よくこの時期に開かれる「6年生を送る会」だが、趣旨を「主役は6年生」とか「6年生のために(感謝を伝えるため)準備、練習、発表する」というふうに捉え、それが最終的なゴール、つまり目的にしていることが多いと思われる。しかし、本当はそうではなくて、「6年生のために」準備、練習、発表したことは、一つの過程であり、本来はそれらの活動を通して「6年生と自分」の関係性を見つめ直し、6年生がしてくれたことや助けてくれたことなどを振り返ることで、自分事として感謝の気持ちや自分の成長を伝える。そういうことを通して、結果的にその成長に自分自身で気付くことに目的を見い出すべきだと思うのだ。つまりは、自分自身に返ってくる活動でありたいということ。


そのためには、一つ一つのことに「意味付け」してあげないといけない。それは「動機付け」であったり「価値付け」であったり「振り返り」であったり。。。子どもたちが意味付けされた、本当の意味での「6年生のため」であり「自分自身のため」の発表にしたいものだ。


そして6年生も、下級生たちの思いを汲み取り、自分たちに意味付けしていければ、発表がものすごく生きたものになるだろう。