しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

やっぱり幼稚園はすごい

今日は息子の幼稚園の保育参観に行ってきた。そのため、午前中は休暇をもらい、午後からの出勤。朝ゆっくりできるのっていいなあ・・・。

さて、息子は今年度から幼稚園に通園し、1年間年少組として園児生活を頑張ってきた。入園の面接の時に頑なに一言も喋らなかった息子も、毎日楽しく幼稚園に通ってくれて嬉しい。クラスも担任の先生のことも大好きなようだ。


今日の保育参観。やっぱり幼稚園の先生は小学校の先生とは違うなぁと思った。毎回幼稚園に行くたびに思う。今日は雛人形作り。今までの保育参観は保護者も一緒にやるものが多かったが、今日は子どもたちの活動の様子を見ていた。年少組の子どもたち。様々な面で差があったり、なかなか活動できない子がいたりするのも確かだが、先生はどんな子どもに対しても温かく接してくれていた。


「静かにして」「こっち向いて」などといった指示は皆無。ましてや「どうしてできないの?」などといった否定的な言葉などもってのほかで、そんな雰囲気は全くない。子どもたちは話を聞きたいから指示をしなくても話を聞くし、自然と先生の方を見る。年少組の子どもたちですらできるのだ。

それなのに、我々の指導の様子ときたら、
「静かにしなさい!」
「お口チャック!」
「こっちを向きなさい!」
「なんでそんなことしてるの!」
「何回も言ってるのになんで分からないの!」
「どうしてこんなこともできないの!」
「早くしなさい!」
日々こんな否定的な言葉ばかり飛び交っているような気がする。幼稚園児ができているのに、小学生になった途端できなくなるのだ。いや、できなくなっているのではない。ただ単に、主体性がもてないのだと思う。それは単に活動に魅力がないだけ。「幼稚園ではできていた」は魅力があるからこそ、自然とやるのだ。

では、どうして魅力がないのか?それは沢山の原因があると思う。
まずは、考えられていない授業。指導書通りだったり、講義だけの教え込みだったり。楽しいはずがない。
次に、得意の現状維持の教育課程。予め作られたレールに乗らされ、その練習を強要される。これだと、やりたいことでもなく、受動的にしかならない。
そして、先生は冷たい。できることを強要し、できないと怒る。できるまでやらせられる。
挙げ句の果てに先生方に若さがない(年齢だけでなく、表情やはつらつさも)。


もっと幼稚園の先生たちから学ぶ必要があるだろう。ただ単に引き継ぎのための「幼小連携」ではなく、学び合うための連携の必要性を感じた。


幼稚園の保育の様子、理想の授業像だなぁ。
(でも、すべての幼稚園、先生方がそうとは限らないのだろうが)