しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

最後の授業参観に思う

今日は今年度最後の授業参観日。この日が終わると、本当に卒業式、修了式に向かうだけになる気がする。

しかし、この時期の授業参観でいつも思うことがある。それは「良い悪い」ではなく「どうなのかな?」という自分の中での疑問。

それは、どの学年も「できるようになったこと発表」が多いということ。子どもたちが1年間学び、一人一人がその子なりに成長をした。だからこそ、その成長を発表することで保護者にそれを伝えるとともに、自分自身でもその成長を感じることができるという、大きなねらいを考えると、とっても意義あることだと思う。
でも、なんか違和感があるのだ。保護者は年数回しかない授業参観で「本当に特別なことが見たいのかな」「普段の授業の様子から成長を伝えることも『教師の授業での勝負』を考えると大事なのではないかな?」などと考えてしまうのだ。だって、どうしても保護者に成長を見てもらいたいのなら、授業参観の日じゃなくとも、日を設定して、保護者に限らず地域の方々もお呼びして見ていただくということだって、選択肢に挙げられると思う。だって「社会に開かれた学校」といっているし。。。等々、ちょっと意地悪い考え方をしてしまう。

というのも、先生方の授業参観での内容を決める際「○○○(全体発表とか、個人発表等が入る)でいいよね?」という言葉が聞かれるからだ。
つまり、先に挙げたねらいはないがしろにされ「『できるようになったこと発表』にしておけば、自分の準備が少なくて済むから」というような感じがしてならないのだ。


そんなことを考えていると、この時期に限らず、年間を通して毎回こういう内容(できるようになったこと発表)にしているクラス(先生)ってある(いる)よなって思う。1学期末は1学期にできるようになったことの発表、2学期末も2学期にできるようになったことの発表、学期の半ばに授業参観があるときは、作文の発表や作品の説明の発表等々。「授業参観の内容=発表会」にして、自分の授業から逃げるような感じに見える先生。

なんか、こういうのって悲しく感じる(本当はねらいも意図も明確にあり、私の見方が意地悪いだけかもしれないが)。
そんな私も今日は学年合同での発表会。。。周りのことばかり悪くいい、自分もしっかりと発表会にしていた・・・。