しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

「春の匂いだ」の声

今日、卒業式の練習に向かっている時、校舎と体育館をつなぐ屋外の通路を歩く、クラスのある女の子が、
「あーっ!春の匂いだ!」
と叫んだ。

それを聞いた時、
「こういう言葉が自然と口に出せるような子どもを育てたいな」
と、ふと思った。

思えば、低学年で生活科を研究していた時は、
「先生、春を見つけたよ」
「朝顔が、水がほしいって言ったんだよ」
「(落ち葉を見て)イチョウのプールみたい」
「今日の雪は昨日の雪と違うよ」
といった声がたくさん聞かれていた。それが、学年が上がるにつれ、こういう声が聞かれなくなってしまう。


実際に「春の匂い」など決まったものはなく、今日、この言葉を発した女の子は、春の温かな風を浴び、そこから春を感じ取り、それを「春の匂い」と表現したのだと思う。この思考過程は実はかなり高度で、感じる心と、自分の経験値と照らし合わせた思考力が伴っていないと発せられない。そう考えると、低学年の子どもたちって、かなり高度な自己表現をしているのだ。
しかし、成長し経験値が上がるにつれ、科学的なものの知識や理解が増していき、非科学的なものや感覚的なものは、どこかで否定され(大事にされなくなり)るようになる。これは一種の成長なのだろうが。。。


でも、高学年だって、中高生だって、大人だって、身体で感じたことを、思考を働かせて表現することはとても素敵で人間的じゃないかと思うのだ。成長していくからこそ、こういうことこそ大切にしていきたいものだと思う。