しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

予行練習に対する違和感

今日は、卒業式の予行。いよいよ卒業式も目の前だ。

この「予行」であるが、先生方や子どもたちから「予行練習」という言葉が聞かれる。この「予行練習」という言葉に違和感を覚える。

本来は「予行演習」が正しいと思っている。前に、そう指導されたこともある。そもそも、予行段階は検証段階であり、練習のつもりではいけないと思うのだ。

そこで、調べてみると、どうやら「予行練習」も「予行演習」もどちらも載っている辞書もあるらしく、あながち「予行練習」でも間違いはないようだ。
そして「演習」と「練習」の違いを調べてみても「演習」には練習という意味もあるらしい。


じゃあ「予行練習」でいいじゃないかと思われるが、やはりそれには抵抗というか違和感が拭えない。「練習」のイメージは「それができるように(上達するように)繰り返すこと」であり「演習」は「実際の状況を想定して練習すること」という感じがする。そう考えると、この段階では「演習」じゃないといけないと思うのだ。

そんなのどっちでもいいじゃないかとも思うのだが、我々や子どもたちへの意識付けを図るためには、このような考えも頭に入れておくべきじゃないか。できないことをできるようにする段階はもう終わった。今はできることを前提に、より良い卒業式を目指していく段階のはず。


ということで、予行が終わり、明日からは「できなかったことを、できるようにするため」の練習を頑張らなければorz