しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

主体的な学習の軸は・・・

今から20年近く前、運転免許とりたての頃。道路を走る車を見ると、そのほとんどの車のメーカーや車種がすぐに分かった。走る車を見て「俺もウィンダムに乗りたいなぁ」とか「今のマークツーはちょっとデザインがイマイチだけど、クレスタはいいなぁ」とか「クラウンだったらマジェスタかな」などと夢をふくらませていた(今もそうだが、自分は大型のセダンが好きで、あの頃はトヨタの高級車に憧れを抱いていた)。

でも、今は走る車を見ても、ほとんどメーカーも車種も分からない。自分の好きなセダンですらよく分からない車が多い。


なぜ、そういうことになっているのか。20年前は自分の好きなセダン以外の車の情報にも詳しかったのに、今は好きなセダンについてもよく分からない。そこには、興味や関心が伴っているかいないかにある。


免許とりたての頃は、とにかく自分の車がほしく、何かにつけて車の情報を集めていた。コンビニに行けば中古車情報誌を立ち読みしていたし、土日はディーラーや中古車専門店の広告を見て、不必要にドキドキしていた。買えるわけもないのに支払いや維持のシミュレーションしてみたり、将来の自分の車の運転歴を考えてみたりと、とにかく主体的に行動していたと思う。

なぜ、そんなに主体的だったのか。


それは、車に対して大きな「興味・関心」を抱いていたからだと思う。車が好きで、車が欲しくて、だからこそ、車の情報が知りたくて、無駄かもしれないのに車のことを調べまくって、そしてまた車に夢を膨らませ、、、その繰り返しの中いつの間にか、車のことについて詳しくなっていった。

そこには「覚えなきゃ」といった焦りや苦痛、義務感、強制など辛いことは何もなく、ただただ楽しくて、気付いたら車の知識が増えていた。


これは、学習そのものなのかなと今は思う。車の知識は特には役に立たないかもしれないが、自分自身を豊かにしてくれたと思っている。これが、教科等の学びにつながったら、学校の勉強自体がすごく楽しくなるだろうに・・・と思う。



その軸はやはり「興味と関心」だと思う。自分がそのことについて、興味・関心をもち、それを高めることができたら、学びは主体的になり、どんどんとその学びが進み深まっていくだろう。


そう考えると、我々教員は、子どもたちの「興味・関心」を高められたら、それが学力向上に直結し、別の言い方をすれば、子どもたちの「興味・関心」を高めることが、一番の役割なのではないかとふと思う。


特に小学校教育は、学びの土台。子どもたちが自然と、世の中のものごとに興味関心を抱くことは難しい。だからこそ、勉強を教えるのではなく(テストの点数の取り方を教えるのではなく)、勉強の仕方や勉強の楽しさ、目の付け所などを教えてあげることが大事なのではないかと思う。