しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

若手の進む道

我が学年は他の学年に比べると年齢層のバランスはいいが、経験層は薄い。ベテランの主任(ベテランといっても、他の主任に比べるとまだまだ若い)と大学出たての新採用の先生、40代の講師の先生と40前の私。他の学年は「オールアラフィフ」もある中、経験層は薄くとも、子どもたちにとっては魅力的な学年であると思う。


しかしながら、経験層が薄いのは結構大きなマイナス点でもある。特に新採用の先生は、大学出たてということもあり、先生という仕事だけではなく、社会人としての在り方から覚えなければならない。

これが結構難しい。本校では毎年のように初任者がやってきている。しかし、講師経験者も多く、一昨年私と学年をともにした先生も、去年採用された先生も講師経験があったからか、フットワークが軽い。何かあるとすぐに動き出す。例えば電話がなれば、遠くでも出ようと動き出すし、学年の印刷物があれば我々から奪って印刷にいくし、体育などでの準備物があれば率先してものをもったり片付けをしたりしてくれた。それが「まだ何もできない自分の、今学校のためにできること」なんだそうだ。つまり「自分にできることは少ないけれど、自分ができることは他の人にはやらせないで自分でやろう」という心意気なのだと思う。


ここで疑問なのは、どうしてこの2人の先生はこういう気持ちにいたり、動き出せるようになったのかということである。今年の初任者の先生は当たり前だが、それが全くできていない。

愚痴をいうわけではなく、初めて社会人になった訳だから、できなくて当然。例えば私が学年で使うカードなどの印刷をしにいこうとしても(しかも、わざわざ「印刷してきます」とわざとらしく口に出して)、「ありがとうございます」とだけ言って動かないし、主任が初任者のコーヒーカップをとり「コーヒーでいい?」とコーヒーを淹れにいこうとしても「コーヒーでいいです。ありがとうございます。」といって動かない。流石に主任にコーヒーを淹れさせるわけにはいかず、私が淹れにいったが、こういうことを教えるべきか気づいてもらうまで待つべきか悩むのだ。最近は何か言うと「パワハラ」になりかねないし、病んでしまうのも嫌なので二の足を踏んでしまう。


とにかく、私がこれまで以上に動いて示そうと思うが、果たしてこれで伝わるのだろうか。。。今年3年目の先生(去年まで一緒の学年を組んだ先生)は、今年もクルクルと動きまくっている。いつも謙虚で学ぼうとする気持ちがビンビン伝わる。でも、もしかすると、私はこの先生のおかげで少し楽させてもらっていたのだなぁと改めて気付く。印刷はしてもらえていたし、様々な準備物もやってくれたし、去年は各種賞状等も作ってくれていた。それに気付かず「さも当然」のように自分の仕事をしていた私は今更ながら恥ずかしさを覚えた。


私もまだまだ若手。もう一度初心に帰り、細々とした仕事に勤しもうと思う。がしかし、今年の初任者だって育てなければならない。我々は人を育てる仕事に就いているが、改めて人を育てることの難しさを感じる。そして、人を育てる仕事だからこそ、自分自身が鏡とならなければいけないと肝に銘じる。。。