しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

丁寧だからこそ感じる圧力

今日は、娘と息子のスイミングの体験レッスンの日。3回目でこれで体験は最終。子どもたちは「続けたい」といっているが、果たしてどうなのかというところ。


保護者が見られるスペースは狭く、譲りあったり、見づらいところでも我慢したりしなければいけない。そんな中だが、こんな人がいた。


ある保護者が、

「申し訳ございませんが、今日も一番前で見させていただきます」

と言って前の方の席をとって座っていくのだ。周りの人は「どうぞぉ」と言って譲ってあげるのだが、やはり感じざるを得ない違和感。

結局、わがままなだけなのではないかと思うのだ。誰だって前で見たいだろう(そうでもない親もいるだろうが。私も後ろの方でもいいタイプ。前に座ると、後ろの人が私のせいで見えづらくなってしまうのではないかと逆に気にしてしまう)。でも、いろいろと気にしながら、譲りあうものだと思う。

周りの人も「仕方がないなぁ」と思いながらそのわがままを許してあげているのかなと思ってしまった。


この場面に見られるポイントは「強引な無理矢理」ではなく「丁寧だからこその無理矢理」なのだと思う。丁寧な言葉でお願いすることにより、より確実な「圧力」をかけることができる。それは、この人の発言の中に巧妙(?)に仕掛けられている。


まずは、「申し訳ございませんが」という言葉を使うことで「自分は『申し訳なく』思っているんですよ」アピールをすることができる。もしかすると、無意識のうちに自分にも言い聞かせているのかもしれない。また、暗に「一応気は遣っているんですよ」ということも伝えようとしているのもあるだろう。

次は「させていただきます」という言葉。「させていただく」という言葉を使うことで、もう前で見ることを前提とさせることができる。こう言われると、周りは反対しにくくなるだろう。そして、敬語(謙譲語)で話しているため、丁寧かつどこか力強さを兼ね備える。

極めつけは「今日も」という言葉だ。「今日も」ということは、いつもそうしているということを周りの人たちに印象付ける。そうすることで、自分が一番前の席で見ることが「当然」であるかのような錯覚を自他共に起こさせ、より自然と一番前で見ることができるようになるのである。


そこまで考えているわけではないのかもしれないし、もしかすると、このスイミングスクールの経営者かもしれないし、筆頭株主かもしれないし、毎回一番前の席を予約しているかもしれないし、お金を払ってその席を買っているかもしれない。なので、一概に悪者扱いはできないが、なんか傲慢さやわがままさ、バカ親さなどを感じてしまった。


でも、気をつけなければならない。自分も最近ではよく言葉を選んで使うようにしているが、状況によってはいくら気を遣っているつもりでも、嫌に思われている可能性もある。自分の言動は本当に周りのことを見ているのか、考えているのか、自分の都合だけになっていないかを意識しておかなければならないなと感じた今日のできごとだった。