しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

休み方改革

「働き方改革」ならぬ「休み方改革」というものも日本政府が推進しているとのこと。

先日もテレビでウッチャンナンチャンや出川哲朗さん、バカリズムさんたち「マセキ」の方々が、それぞれに休み方をプレゼン(?)していた。



確かに「働くこと」と「休むことは」相反することであるが、必ずセットになるものである。いくら「働き方」をスマートにしたところで、休日の「休み方」を無駄に過ごしてしまえば、働くための活力や動機付けにつながらないだろうと感じた。


体を休めるだけの休日も必要な時もあるだろうが、ただ、それだけで終わってしまうと「働くこと」だけのための休日になってしまうなぁと改めて思う。


本来は、休日を家族と過ごしたり、自分の趣味を広げたり深めたり、やりたいことをやれるようにしたりする幅を広げるために働いているのではないかと思う。確かに、生きていくため(服をきるため、食べるため、するためといった衣食住のため)に働くというのももちろんある。でも、それだけならば、極端な社会主義でもよく、いわば、そんなに働かなくてもある程度は叶うのではないかとも思うのだ。

まぁ、働くこと自体を楽しみにするとか、それが生きがいだとか、趣味がそのまま仕事だとかもあると思うが、そうであってもやはり休日の過ごし方が「働くこと」に大きくつながってくるであろう。


じゃあ、自分はどうなのか。正直、ほとんどの休日を無駄にしていたであろうと思う。休みのほとんどを、体を休めるためにだけ使い、ダラダラと過ごす日ばかりだ。だから、日曜日の夕方になると、憂鬱感満載になってしまうのだろう。

もっと「休みだからこそできること」「休みだからこそやるべきこと」「休みだからこそ大切にしたいこと」があるはず。「しなければならない」という圧力のもとでの読書や「明日からの仕事に疲れを残さない」ためのダラダラではなく「自分は何がしたいのか」「そのためにこの休みは何ができるのか」といった「豊かな自分自身を築くため」の休みを過ごせるようになりたいと思った。



今までこの「休み方改革」という言葉はもとよりその内容も正直分からないでいたが、ネットで検索すると結構いろいろな情報があることが分かる。

「働き方改革」という言葉が広く出回っているように、確かに今は勤務者たちの間にいろいろな歪みが出ているだろう。
我々教員の間ではやはり「部活動問題」か?これらにメスを入れることは必須だろう。しかし、休みの日にでも部活動の指導をすることが、その人にとっての「休み方」になっている人もいるだろう。それが、自分自身として必要なのかどうか、また逆に教員として必要なのかどうかなど様々な考えもある。

「部活動問題」に限らず「超過勤務」の問題や「負担加重」の問題など「働き方」に関する課題は山積みだ。

それらは「休む」ための時間を奪っているため、一刻も早く改革せねばならない。しかし、休む時間があってもそれを無駄にしていることも大いにあるのも事実だ。だからこそ「働き方改革」と「休み方改革」を同時で進めていくことが必要であると改めて感じた。