しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

じゃんけんで決めようとする・・・【校長激怒】

今年度の学校の授業研究の計画を、各学年の先生方にお願いしておいた。

昨年度できなかった、必ず全員で見る全体授業を、今年度は低・中・高学年でそれぞれ代表を出し、最低3つは行うことにした。一人一授業は行い、授業の公開は行うのだから、誰がやってもいいのではないかと思うのだが、なかなか一筋縄ではいかないようだ。

去年のことを思い出す。。。


学年で研究する教科等や時期、現時点で考えている手立て、代表の授業者などを話し合い、計画として出して欲しかったのだが、一部の学年・ブロックでは代表の授業者だけ空欄にして提出してきた。やっぱりみんなに見られるのは嫌なのだろう。分からなくはない。

でも、それでは研究が先に進まないため、職員会議のあとの話し合いの時に、「もし決まらないのであれば私に一任してほしい」という提案をした。それは、嫌だったらしく、まだ決まっていない学年・ブロックの先生方がこそっと「じゃあ、じゃんけんで決めよう」という発言をしたらしい。

それを校長先生が聞いてしまったようで、みんなに一喝。

「ちゃんと勉強しましょう。毎日の授業が我々の一番の仕事でしょ。(私)先生に決めてもらうなんて、だめ。ちゃんと話し合って、自分たちでちゃんと決めて、授業を見つめましょう」

という話をしてくださった。


全体会のあとに、校長先生から「じゃんけん」の件の話を聞いた。校長先生はかなりご立腹であり、「じゃんけんで決めるような研究なんてやめたほうがいい!」と話していた。


どうしてもベテランの先生方はそうなってしまう。30年間、何をしてきたのかなぁ。目の前に子どもはいない。何をするのにも「◯月に△△の行事が位置付けられているからやる」というそれこそ受け身であり、しかも自分に都合よく解釈する受け身。子どもたちに偉そうにいえないような感じ。子どもの思いに寄り添おうとすると、自分の思い通りに進められないから、全部教師が教師のために決める。

だから、研究授業だってそうだ。「◯月にやるしかないから、仕方なしやる。でも、この単元のこの時間はやりたくない。だから、やりやすいこの単元のこの時間にしよう。ネットにも指導案があるし。」となる。そんなだから、単元など見通すはずがなく、その時間だけとりあえずやることになる。私も校長先生も、それが嫌なのだ。「子どもにこんな力をつけさせたいから、この単元を研究して、こんな力が見えてくるから、この授業ではこんな姿が見られるようになるのではないか」と単元を見通して研究することが大事だと思っている。


でも、そんな話は遠い遠いお話なんだろうな。確かに、指導主事の先生方が見に来てくださる指導訪問の時でさえ、「漢字の広場(光村図書の国語にある前学年の漢字の復習の授業)」をやってしまうのだ。これを研究授業に選ばなければいけないような先生もかわいそうだ。。。


本当に辞めればいいのに。。。