しがない教員の学校・学級・生活日誌

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これもセンスなのか?【救急救命法講習会】

教員に限らず、何をするにも「センス」って大事だよなぁと感じる。もちろん「センス」がないといけないのではなく、「センス」がある人って、ほんとにスマートな仕事をされるなと思うのは確かだ。


今日は学校内で「救急救命法講習会」をおこなった。研修の一環として、赤十字の方にきていただき、心肺蘇生法の講習(AED)を受けた。

この時期になると毎年このような救急救命法講習会を開く。それは、水遊びや水泳などプールを使った学習が始まるからである。毎年おこなっていながら、手順や言葉かけ等々、どこか曖昧になってしまっているところがある。そのため、毎年受けることに大きな意義があるのが分かる。


私は研修の担当なので、講習を受けながらも、周りを見回ったり、写真を撮って回ったりしていた。そこで先生方を見ていると、いろいろと見えてくる。そこにもセンスがあるなぁと正直感じてしまった。

毎年やっているとは思えないような残念な方もいる。胸部圧迫(心臓マッサージ)をするにも、一回一回手と体(人形)が離れてしまって、ダンスを踊っているような先生がいたり、AEDの使い方にしても、音声ガイドがあるのに、その通りにできなかったり。。。「どうしてそうなる?」と思わざるを得なかった。「これじゃあいくら講習を受けても、子どもたちの命は救えないじゃん」と突っ込みたくなった。

これも大きなセンスだよなぁと思う。数回の説明でどれだけ自分の頭に落とし込み、それを自分の身体を通して実践する。こうやって言葉にすると、結構複雑だ。でも、それを人間はこれまでの様々な経験をセンスに変えて、それを自然に行えるようになっているのだと思う。

つまるところ、センスは磨けるものであり、センスを磨くことによって、いろいろなことができるようになっていくのだと思う。そして、センスを磨くためにはやはり、経験なんだと思う。

はっきりいって、自分からいろいろとやろうとしない先生ほどセンスがなく、今回の救急救命法講習会でも変な行動しか取れなかったように見えた。何をするにも文句ばかりで、何でも人のせい。ほんとにセンスがない。


我々に必要なセンスは多岐にわたる。文章を書くセンス。話し方のセンス。動きのセンス。デザイン力のセンス。人との関わり方のセンス。仕事の強弱のつけ方のセンス。そう考えると、この仕事はセンスだらけだ。それらは結局のところ、授業力のセンスであり、学級経営力のセンスなのだと思う。

でも、これって教員に限らず、どの仕事にも必要なことだろう。そんなセンスを磨かなくてもやっていけるこの仕事は、やっぱり周りから見れば、甘い仕事なのかもしれないな。一生懸命がんばって日々センスを磨いている先生もたくさんいるんだけれどなぁ。。。