しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

思っていた以上に【初任者(と)の戦い】

私はいったい誰と、いや、何と戦っているのだろう。

自分の仕事が止められている。。。


昨日、渡されるかと思っていた初任者の通知表の所見(保護者への通信文)の下書き。結局昨日は間に合わなかったようで今日に繰り越し。

今日の朝に渡されるかと思いきや、それもなく。。。


夕方5時過ぎころ、印刷したっぽい所見の下書きを机に置いたまま、落ち着きなくしている。おそらく私に見せるのが嫌なのだろうと察してしまった。初任者が下書きを書き終わったのを察した主任が彼に「終わったのなら先にtruth先生に見てもらいな」という彼にとっては魔の一声をかけた。どうも彼は私を怖がっているような感じがする。確かに、彼を叱ってしまったこともあるし、

研究授業の授業構想などに根掘り葉掘り質問してしまうし。

だから、私には見せたくなかったのかもしれない。


私も最近は、初任者の働き方への意識に対し、意地悪な見方をしてしまうようになり、「下書きを見せてきたら、いろいろとつっこんでやろうかな」などと偉そうにもとれるようなことを考えてしまっていた。


それでも、私は突っ込むときは一応私なりの対案を示すようにしている。私自身の勉強にもなるし。ただ、それを使うか使わないかはその人次第。その人が自分の目の前の子どもたちに合致していれば使えばいい。


などと思っていたのだが、それを上回る出来栄えだった。





そう、悪い意味で。。。


なんとか対案を考えてあげようと頭を悩ませたのだが、そもそも何を伝えたいのかがよく分からない。そのため「これってどういうこと?」という質問ばかりしなければならなかった。同じことをしている教員の私ですら分からないのだから、保護者の方々はさっぱり意味不明だろう。。。なので、対案も考えてあげられず、朱だらけの下書きを返すことになってしまった。ただ、漢字の間違いや誤字脱字、文章のズレなどは直したり、文章の整理をしたりはしたけれど。。。



まぁ、彼は通知表を書くこと自体が初めてであるため、これはある程度覚悟しなければならないこと。私にやられなければ、教頭先生に同じことをされるだろう。管理職の先生にされるよりは、学年の先生にされた方がダメージは少ないと思うが。


できなくて当然。それは、当たり前だ。でも、そう思っていいのは周りの先生であって、初任者ではない。初任者はだからこそ、真摯に向き合ってできることを増やしていかなければならないのだ。校務分掌が少ない分自分のことに目を向けられるのだから。

だからこそ、早め早めに動くことが大事だし、フットワークを軽くして、自分から聞いたり調べたりしなければならないし。何より、自分にもできること(電話とりや印刷、お茶入れ等々)は、奪ってでも自分がやるというがっつき感を見せてほしい。