しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

他人事から自分事へ

以前にもおなじようなことを書いたが、学習をはじめ、当番の仕事、係活動、学校行事等々、学校での活動(家庭での活動もそうだが)に対して、子どもたちは他人事として捉えている感がある。

※「他人事」「主体的」などという言葉で記事内を検索すると、同じようなことを何度も述べているのが分かる。


どこかで「学習させられている」「当番の仕事をさせられている」「学校行事に参加させられている」という感覚をもっているのだろう。授業中はただ黒板を写し、当番の仕事は忘れ、学校行事はとりあえず参加するが何をしたのか覚えていない。

自分が学びや活動の当事者なのに、まるで他人事な感じ。これが学校全体としての課題だと思っている。

クラスに30人いたら、主体的に動いているのは5、6人だろう。まるで「パレートの法則」だ。

でも、5、6人が動いてくれると何となく成り立ってしまうのだ。そこに大きな問題がある。我々自身が、「この学級は動くクラスだ」と勘違いしてしまうのだ。特にこの5、6人が優秀だとなおさらである。


一人一人を見てみると、かなり怪しい。

やがてくる一人の戦い(受験や就職、社会人としての勤務等々)の場で、何もできなくなってしまうのだ。


子どもたちはとかく「正解」に固執する。「正解」か「不正解」かの中で生きており、教師から「正解」を強制されてきている感もある。だからこそ、「不正解」になるのが怖いのだ。その「怖さ」から逃げるために(無意識だと思うが)、活動を「他人事」にしてしまうところがあるのだと思う。


これから必要とされることは「正解のない問いについて自分の考えをもつ」ことであると思う。「どうしてそう思うのか」「どうしてそういう行動をするのか」「これからどうしたいのか」「自分の目指すところはなんなのか」等々、一人一人の問いに向かっていかなければならない。

そのためにやはり身の回りの課題や事象を「他人事」から「自分事」へ意識を変えていかなければならない。

その方法がなかなか見つからないのだ。どうしたら一人一人が自分事として物事に向かっていくようになるのだろうか。。。