しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

教え方が上手い先生ではなく、、、【学力向上と必要とされる先生】

勉強の教え方が上手い先生、これは我々が目指す一つの教師の姿だと思う。
でも、「ただ、教え方が上手いだけ」の先生であれば、別に学校の先生じゃなくてもいいとも思う。そういう先生であれば、塾や家庭教師の先生の方が合っているのではないかと思ってしまう。(塾や家庭教師の先生の実情を知らないため全くの私見なので、失礼を承知で述べています。もしかしたら教え方が上手いだけではないかもしれませんね。)


では、学校の先生に求められていることは何かと問われた時、一番はやはり「学力向上」であろう。そうすると、結局、「教え方が上手い」ことが大事だと思われるかもしれない。しかし、学校教育における学力向上について考えた時に大切なのは、単なる結果(解答)やプロセス(方法)ではなく、学び方や学びの心構えをベースとした学力向上だと思う。

そのためには自分の考えをもてるような授業展開が必要であり、「教えること」をベースとした教師主導の授業では、問題は解けてもこれからの社会を生きる力は育たないと思われる。


そう考えると、大切にしたいことは「自分で考えること」が当たり前になるような子ども主体の授業である。子どもたちが「自分事」として学びに向かえるようにすることが学校教育には必要なのではないか。

それには、子どもたちが学びたくなるような環境づくりが大切であり、それに不可欠なのは「楽しいクラスをつくること」であると思う。

そんなクラスをつくれる先生こそ、学校教育に必要とされる先生なのではないだろうか?


それは、ただ単に明るいだけでもダメだし、楽しいことのアイデアにあふれるだけでもダメだし、子どもたちに人気があるだけでもダメだと思う。

自分の特性(長所や短所、特技や苦手、そして性格など自分をつくり上げる様々なこと)と子どもたちの特性(それは個人であったり、集団であったり)が上手く合わさった時に、そのクラスの雰囲気に合うようなちょうどよい空気感や集団性を創り上げられることが大切であり、それはある意味「センス」なのかもしれない。

でも、我々はその「センス」を磨くために、日々子どもたちを見取ろうとしたり、よい先生の授業をみたり、自分を省察したりするなど、研修に励まなければならないのだろう。


なんてことをふと思った。。。