しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

見方の視点を変えて【発表会と学習と時間のなさと】

土曜日の学習発表会に向けて、どの学年も忙しくしている。忙しさの中、持久走記録会や就学時健康診断など行事もたくさんあって、本当にバタバタとしている。

そんな中、先生方から考えさせられる声が聞かれる。

うちの学年主任からは、「とにかく、今週は学習は捨てて、発表会のことだけ考える」という言葉が聞かれ、6年の主任からは、「捨てるとは思わないけれど、実際に時間がないよね」という言葉が聞かれた。

この場合の「学習」とは「教科学習」を指しているようだ。つまり、国語や算数などの授業のことを指しているのだろう。どういうことかというと、今週は国語や算数を潰してでも、発表会の準備や練習にあてるということである。そして、6年主任としては、国語や算数も大事にしたいけれど、時間的なことを考えるとやっている余裕がないということだろう。


うちの主任も6年の主任もベテランの先生だが、いつも私が文句をいっているようなベテランの先生方とは違うと思っている。与えられた仕事はゴネずにしっかりとやろうとする先生だ。それに若手の先生に対してもちゃんと面倒を見てくれている。
そんなの当たり前だろうと思うかもしれないが、そんな先生は珍しく、ベテランの先生方は若手の先生よりも使えない人ばかりなのが現実だ。

そんなしっかりとした先生でも、発表会のみに目がいってしまうのだから、発表会の在り方を考え直さなければならないかもしれない。


しかし本来は、発表会は「学習したことを」発表する場である。だから、学習発表会自体が本当は「学習」のはずなのだ。だから「(教科)学習は捨てる」というのは矛盾する考え方なのだと思う。(教科)学習を捨てなければならないのであれば、それは目指すべきものが高すぎるのかもしれないし、内容を逸脱しすぎているのかもしれない。


つまりは、「見せる」ということが強すぎて、学習を「深める」ということに目がいっていないということだと思う。そういう視点から学習発表会の在り方、しいては学習自体の在り方を見直す必要があるのかもしれない。