新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

わざわざジャージに着替えて・・・

「先生の服装といえば?」

と聞かれたら、どんなイメージをもつだろう。


ジャージのイメージが強いかもしれない。


確かに子どもたちと接しているときは、ジャージでいることが多い。身軽で動きやすいため、不測の事態にも対応しやすい。


しかし、それはあくまで子どもたちと共に活動している時だと思っている。


今日は始業式。ある先生のおかしな様子を見た。

その先生は毎朝ジャージ姿で出勤している。勤務校ではジャージ出勤の先生が多い(私は絶対に嫌だが)。

今日は始業式だからか、学校に来てからスーツに着替えていた。この時点で滑稽だなと思ったのだが、その先生は、始業式が終わった途端ジャージに着替え直していた。

そんなにジャージが好きなのか?

本来は、スーツからジャージに着替えて、またスーツに着替え直すのが常識なのではないか?

ジャージ教員の感覚は私の感覚と全く逆だ。


私はスーツでいることが割と多い。出張が多いからということもあるが、ジャージに着替える必要がないときは着替えない。ジャージが特段嫌だということではないが、ジャージが教員の正装であるべきではないと思っている。


教員は子どもたちだけではなく、保護者や地域の方々、業者さん、教育委員会の方など、様々な人たちと接する。

他の業種の方と同じように、多くの人の目に晒されているのである。

そこを頭に入れておかないと、恥ずかしい目に合うのは自分自身なのだ。

運動しているわけでもないのに、ジャージで通勤しているのって恥ずかしい。ジャージのままお店に入ったり、街なかを歩いたり、、、ひどい人はジャージにサンダルだ。教育公務員という自覚はあるのだろうかと首をかしげてしまう。


確かにスーツは汚したら嫌だとか、動きづらいとかあるのは分かる。

でも、スーツを汚してはいけないというのもおかしい。スーツでバリバリ動いているサラリーマンなどザラにいる。運動するわけではないのだから、大きな問題ではない。それに、慣れれば別に動きづらいこともない。

ジャージでダラダラと動いている方がよっぽど恥ずかしい。もっと自分のミテクレを気にしなきゃいけないのではないか。自分の有り様を見つめることで、世間からの目を意識することができると思う。


研究授業のときだけ、授業参観のときだけ、家庭訪問や個別懇談のときだけ、始業式や終業式だけスーツに着替えている人は、変なところだけ人の目を気にしている。

でも、世間から見たら、ジャージで通勤している人に対して奇異な目を向けるのではないか?