しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

わざわざマイナスなことをすること、意義、そして想像力

先生に反抗する子ども。授業中騒ぐ子ども。友達をいじめる子ども。決まりを守らない子ども。等々。

どのクラスにも、このようなマイナスな行動をとる子どもがいる。そうすると、自ずと先生の説教が始まり、それが繰り返される。場合によっては子どもとケンカになる先生もいるだろうし、子どもに屈してしまったり崩壊に向かっていったりしてしまう先生もいるだろう。


そもそも、子どもたちも上記にあげたことは悪いことだと分かっているはず。特に高学年の子どもたちはおそらく百も承知だろう。

だから、いくら先生が説教しても聞くはずがないのだ。よく「何回いっても分からない」などと呆れる先生もいるが、分からないのではなく、分かっているのだ。分かっているから聞かないのだ。分かってやっているから厄介なのだ。


だとすると、マイナスなことをやらせないようにするという指導は効果が薄いということが分かる。繰り返し指導するということはもちろん必要なことかもしれないが、マイナスなことをする意義を子どもたちに返してあげることも必要だ。

何のためにマイナスなことをしているのか、マイナスなことをして得をしているのか、そのマイナスなことは誰かにとってプラスになっているのか等々、自分事として返してあげることで、少しずつかもしれないが自分の行ないが何の意味もないということに気付くのではないか。


それともう一つ身につけさせたい力が「想像力」だ。マイナスなことをすることで、自分にとってもマイナスにしかならないという想像ができないのだ。

それは、最近話題になっている「不適切動画の投稿」に見られるだろう。「あのようなお馬鹿な動画をSNSに投稿して、拡散してしまったらどうなるのか」、「訴えられる可能性はないか」、「訴えられたらどうなってしまうのか」、「今はすぐに個人が特定されるけれど大丈夫か」そもそも「あの動画を見て誰が得するのか」、など様々な視点から想像力を働かせれば、あんなことは普通しないだろう。

それなのに、セ◯ンイレ◯ンのおでんの動画では、ネット上に顔も名前も晒されながら、動画では満面の笑みで踊り狂っている。

あの青年はそれが望みだったのだろうか?決してそうではないだろう。でも、それもちょっと想像すれば分かること。普通の感覚がある人はあんなことしないのだ。

でも、それをやってしまう。


今の子どもたちを見ていると、どうもあの踊り狂っている青年になってしまう子どもが出てきてしまうのではないかと危惧している。


我々は彼らに何をどう伝えたらよいのだろうか。