新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

否定的な目ばかり

とにかく人を否定的な目で見る先生がいる。

それは、子どもに対しても、保護者に対しても、同僚に対しても。妄想までも否定的だ。


今日もある場面で、ちょっと出遅れた子どもに対し、「あの子はほんとにできないんだよね。賢そうな顔をしてるのに、顔だけ。何にもできない」などと言っていたし。

この前は受け持つクラスの親との電話のあとで、「あの親はバカ親。何にもわかってないくせに、文句ばっかり言ってくる。」と話していた。

そしてこの前は、私と同学年の先生に対しても否定的だった。頼んでいたことができていなかったと勘違いして、「前にも言ったのに、全く響かないんだよね」と、自分の勘違いのくせに、大っぴらに文句を言っていた。


否定的な目は、どんどんとその人を汚染してくる。その人はほんとに文句ばかり。口から出るものは否定的な言葉しかない。

こういう人は否定的な妄想までしだす。


あれは、年度初めのクラブ活動の担当を言われた時のこと。
クラブ活動主任が、先生方のクラブの担当の割り振りをした時に、言い放った言葉が衝撃的だ。
自分の希望していない担当になってしまったようなのだが、その時大きな声で、「誰かがわがまま言ったんですか⁉️」と、喚き散らしていた。すぐさま、その人と同級生の力のある先生に「そうじゃないんだよ」となだめられていたのだが。
実際は、運動クラブを希望している先生が少なく、運動クラブは怪我等の心配もあるから複数人大勢の方がいいだろうという2年目の先生の学校への配慮があった。そのため、希望していない先生を運動クラブへ配置せざるを得ないという事情があった。そのため、多くの先生が希望通りにいっていなかったのだ。でも、その人は運動クラブではなく、理科クラブの副担当を言い渡されていた。運動クラブにさせられた先生もいる中、自分ばかりが希望通りにいかなかったと勝手に妄想し、そればかりか「わがまま言っている人がいる」などと喚いているのだ。


もう、そういう見方しかできなくなっており、そういう否定的な目が、その人を創りあげてしまっているのだ。

もちろん、クラスが上手くいくこともなく、一部の先生からは「残念系」という見方をされている。

つまりは、否定的な見方をしている人自身が、周りから否定的な目で見られているのだ。


誰しもできないこともあるし、苦手なこともある。その人だってそうだ。それを、そのマイナスな面ばかりに目を向けていては、ネガテイブにしかならない。教員だからこそ、マイナスな面ではなく、その子やその人のプラスな面に目を向けて、伸ばしていくような資質や能力が必要なのではないか。