新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

ネガティブが極まると

「私の◯◯、すごいですよね?だから褒めてください。」

「こんなに上手に◯◯しました。だから、褒めてください。」

「もっと私を褒めてください。」

誰の言葉か。

もちろん、子どもの言葉ではない。



来週、教育委員会に職員の履歴書を持っていかなければならないことになっている。そのために、職員に履歴書の整理をしてもらった。永久保存の履歴書。なので、いろいろな意味で慎重に書く必要がある。

今日、あるハプニングが。

ある先生(誰かはもう言うまい)は、本県の履歴書を初めて書く。他県から来たためであるが、他県での経歴も書かなければならないため、4月当初から記載の依頼をしていた。

一度、書いたものを見せてもらったが、間違いだらけのため、訂正箇所を伝え、書きなおしてもらった。そこに大きな大きな落とし穴があった。とにかく間違いが多かったこともあり、書き直した方がいいと思っていたし、その旨を伝えたような気がする。

しかし、その後慌ただしくなったため、そのままにしてしまった。そして、今日。書きなおすのは面倒だからと訂正で済ませたいという。その訂正も結構大変なのだが、とにかくもう書きたくないらしい。


そんな中、もっとよく見てみると、書き方の決まり(辞令の並び通りに記載する等)が守れておらず、このまま訂正しても、絶対に差し戻しになる。

それを優しく優しく伝えると、

「そんな話聞いてませんよね?」
「教頭先生は私に、辞令の並び通りに書くなんて、教えてくれなかったですよね?」
「なんであの時に教えてくれなかったんですか?」

と私は、すごい剣幕で説教された。どうやら彼女が履歴書を間違えて書いたのは私のせいらしい。私が書き方をしっかりと教えてあげなかったから、彼女は正しく履歴書を書けなかったのだ。


とにかくネガティブだ。何に関しても文句ばかり。

そんな彼女の最近の口癖が2つ。

それが、

「それってパワハラですよね?」

「もっと私を褒めてください。」

だ。ネガティブが極まると、「私をちゃんと認めろ」という感覚になるらしい。


ある先生が、私に言う。
「教頭先生ってすごく褒めてくれますよね」
と。私としたら褒めているというより、認めている感覚でいる。でもこの先生は、私に褒めてもらっていると感じているらしい。いつもとってもポジティブな先生だ。共に仕事をしていて本当に気持ちがいい。


「褒めてください」といって褒められるのを求めているのか?それで褒められたとして嬉しいのか。結局褒められても、文句をいうのではないか。

おそらく、ポジティブな先生は、私の言葉を自然とポジティブに捉えている。だから、「褒められた」と感じてくれているのだろう。たぶん、ネガティブな彼女に同じ言葉をかけたとしても、「褒められた」なんて受けとらないだろう。


結局はその人の人となりの問題だ。そもそも、先輩(上司)に対して、言葉も表情も選ばずに、説教をしてくる人に、心からの褒め言葉など出てくるだろうか?


ネガティブ思考の怖ろしさを感じる。負のオーラがとにかくすごい。それが極まると、人を貶すにとどまらず、負の承認欲求も生まれるらしい。。。