新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

授業にちからを入れる

明日は学校の現職教育の研究授業の日。

だが、授業者はまだ授業のイメージができていないようだ。

生活科の授業。やはり難しいのだろう。

生活科に限らずだが、授業を考えるとき、とりわけ研究授業のときは特にだが、授業を点で考えてしまいがちだ。つまり、その一単位時間を何とかすればよいという考えになりがちなのだ。

だから、前時までの学びや前単元までの学びと、本時と、次時の学びや次単元の学びが線で繫がらないのだ。


一単位時間のみの授業を構想するということは、結局、授業のイメージができなくなってしまう。これまでの学びと繋がらないため、構想自体が難しいのだ。

では、どうなるかというと、授業者の都合のよい指導案ができてしまう。そこに子どもの思いや問い、これまでの学びがないため、意図や目的が見えてこない。授業者のレールに子どもをのせた授業になってしまうのだが、結果的にレールにすらのせられずに終わってしまうのだ。


それを打破するにはどうしたらよいのか。

もっと教材と向き合う時間の確保が必要だ。

もっと子どもたちの学びを見取るスキルの向上が必要だ。

もっとアイデアを生み出すための視野の広さが必要だ。


そのためには、結局のところ、働き方改革の中で、やるべき業務を精選しながら、本来の我々の仕事つまり授業に力を入れる時間をつくりだすことが不可欠だと思う。