新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

見られることに慣れる

いつからか、授業を他の先生方に見られるということが全く気にならなくなったのは。


自分の授業を見られたくないというのは普通の感覚だろう。

それは、試されているような感覚になるし、評価されるというのもある。また、自分の指導が正しいのかどうか分からないため自信がないというのもあるだろう。


だから、互見授業つまりは研究授業の機会をもつことが大切である。そのような(言葉は悪いが)強制的な授業実践の場がないと、自分の授業を客観視できる機会がないのが正直なところだ。


それなのに、その互見授業の場すら拒否する人がいるのが悲しいところだ。

でも、互見授業の機会はもっともっとあった方がいい。互いの授業を見合って、気付いたことを素直に正直に遠慮なく言い合えることで、共に高め合っていくことができる。

そのためには、意図的に授業公開の場をつくっていくことが大切である。私が授業を見られることに何も感じなくなったのは、半ば強制的(自分からということになっていたが)に授業を公開する機会がたくさんあったからだ。

その一歩を踏み出すことが一番難しいのだが。。。