新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

私の師匠たち

教員になって17年目。

最初の2年は教員採用候補者選考試験に合格できず、講師として働いた。
その後3回目にして試験に合格し、14年間、教諭として働くことができた。
そして、教頭昇任考査に通り、現在に至っている。

この間、多くの先生方と出会いがあった。憧れとなる先生もいれば、反面教師としての先生もいた。
そんな中でも、私の中で、今の私を創りあげてくださった「師匠」ともいうべき先生方がいる。



今年度、今の地域に異動になり、同地域にお世話になった先生がいることは知っていた。しかし、広域の地域であることもあり、お会いできる機会がなく、いつか挨拶をしたいと思っていた。先日、地域の研修会があり、ついにお話をする機会ができた。


この先生は、私の教員の踏み出しの際に、一からお世話をしていただいた先生。いわば社会人としての師匠である。その時はTT補充として入らせてもらったのだが、その先生は研修主任として、学校の研究を進める傍ら、私の面倒も見てくださった。言葉で何かを教えてもらったいうより社会人の在り方を背中で教えてくださった。だからこそ、説得力があった。自分の仕事に真摯に取り組むということ、また、自分の仕事ではなくても、できることに率先して取り組むという姿勢等々、とにかく大切にしたい社会人としての基本を学ばせていただいた。今の私があるのもこの先生がいたからであるのは紛れもない事実だ。


師匠といえば、正式に採用された初任校でお世話になった先生も私の師匠の一人だ。初任者研修の指導担当であり、教務主任であった先生。行く学校、学校で「スーパー教務」といわれていた。残念ながら、亡くなってしまったのだが、私が教員としての働き方のお手本となる先生。

とにかくスマートな働き方をされていた。今、働き方改革と叫ばれて久しいが、とにかくあの頃からそんな働き方をしていた。働き方改革の先駆者だろう。私も、やるべきこととそうでないことの区別や効率的な事務処理などとにかく意識しているのは、この師匠がいてくれたおかげだ。


そしてもう一人は、同世代ながら研究面でかなりの力をもつ先生。自分なりにやってきたことが、ただの独りよがりであり、子どものためを思っていなかったことに気付かせてくださった先生。子どもが「分かった」「できた」時は私の指導がよいからであり、子どもが「分からない」「できない」時は子どものせいにしていたことに気付かせてくれ、それを戒めてくださった。授業構想の話をしていた時、その先生はよく「それって、子どもたちは楽しいかな?」「それって、子どもたちはやりたいって思う?」と言っていた。子どもたちの思いや願いを第一に考えた授業構想の大切さを教えていただいた。


それらの教えは今は直接実践する場面は少なくなった。これからは、それらを先生方に伝える番だ。師匠たちのようにはなれないかもしれないが、その思いは伝えていきたい。