新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

伝統(慣例)だからやめられないのか、それとも単に企画力がないのか

この時期恒例の24時間テレビ。夏休み明け前の日曜日にやるのが、住んでいる地域のおきまり。
そのため、この24時間テレビは『夏休みは終わりだよ』を告げる悪魔の番組なのだ。


さて、24時間テレビといえば、マラソンだろう。間寛平さんが走った時は子どもながらに感動した。そして、1回目にリタイアしてしまった時は、排気ガスの害について恐ろしさを感じたのを思い出す。

しかし、このマラソン企画。ネットでの反応はイマイチよくない。というより、悪評ばかりしか見ない。

正直、私もこのマラソンは何を伝えたいのか分からないと思っている。芸能人が必死で走り、感動を与える。それは素敵なこと。でも、この感動と、24時間テレビの趣旨はどこにつながっているのか。感動を得た人が募金をするというのかな?募金を増やしたいのならそろそろ違う企画でもいいのではないか?とも思う。というのも、マラソンに焦点が当たりすぎていて、募金云々ではなく、『◯◯が最後まで走りきった!』『偉業を達成した』のようなところにしか目がいかないように思えるのだ。


これだけ悪評が出ているのも局側が気付いていないはずはないだろう。もし気付いていなかったとしたら、企業としてのリスクマネジメントを疑ってしまう。

じゃあ、なぜこうも毎年毎年走らなければならないのか。伝統(慣例)だから?やはりこういうのを破ることは難しいのか。でも、マラソンを駅伝のようにしてまで続ける意義はあるのだろうか。特に今年はなんだかよく分からないというのが正直なところ。だって、フルマラソンの距離は割と一般の人も走っているよね?それを4人続けることが、そんなに日本中が感動するほどなのかな。。。去年までの一人で100キロくらい走るのであれば、なんとなくは感動する気持ちも分かるが・・・(でも、番組の趣旨との関係性はよく分からない)。


もしかしたら、単純に『企画力』がないだけなのではないかとも思ってしまった。このマラソンを楽しみにしている人もたくさんいるだろうが、もうそろそろゴール間際の『負けないで』のループの中のマラソンは終わってもいいのではないかなぁ。。。