新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

結局は「損得」だと思うのだが

反抗的な態度をとる子ども。

そういう子どもにとっては、相手が担任だろうが、管理職だろうが関係ないようだ。面白くないことがあったり、思いがけずに注意されたりすると、感情をそのまま出してしまうのだろう。

発達障害の場合もあるし、家庭の環境に依存する場合もあるため、ひと括りで捉えてはいけないのだが、いつも思うのが、「そういう態度をとることが自分自身にとって得になるのか」ということだ。


「損得」というと、打算的に捉えられるかもしれないが、自分の行為や言動は自分自身に返ってくるのである。なので、結局は「損得」で行動した方が自分自身のためなのだ。それじゃ、「自分勝手に行動してもいいのか」、つまり「自分の損得だけ考えて動いてもいいのか」という話になる。それは、意味を為さない話である。「自分の損得だけ考えた行動」は、人から反感を買ってしまうため、自分にとって「損」にしかならないのである。


反抗的な態度をとると、「スッキリ」するのかもしれない(本当の意味でスッキリしているとは思わないが)。「大人に反抗してやった」「大人の言いなりにはならない」「俺は強いんだぞ」といった感情が働いているとも考えられる。

でもそれは、「生きていく上で何の役に立つのだろうか」「自分にとって何か得になることはあるのだろうか」という視点で考えることが大切だ。

もし、「自分は将来、絶対に極道の道を歩むんだ」という強い意志があれば、得になる反抗だろう(客観的にみたら、損でしかないけれど)。または、「俺は大人にはならない。このまま子どもでいるから成長しなくてもいいんだ」という決心があったとしても「得」なのかもしれない(もし、そんな考えならば、「哀れ」で心から「気の毒」としか思わないが)。


結局は、自分自身を大切に考えられるかということである。でも、子どもたちはそこまで考えられる知識も経験値もない。だからこそ、我々がそういうことも伝えていかなければならないと思う。それを聞かない子どももいるのが現実なのだが(結局は「損得」)。