新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

何でもすぐに調べられる時代だからこそ

何か分からないことがあると、ちょっとは考えるが、すぐにスマホで調べてしまう。

何か思い出せないことがあると、ちょっとは考えるが、すぐにスマホで調べてしまう。

気が付くと、検索する力がついてきているのが分かる。

でも、その反面、自分の力で何とかしようということが少なくなった。

これまでの自分の記憶を振り返ってみたり、頭の中の引き出しを引っ張りだそうとしたり、断片的な情報を連結しようとしたり、先人や専門家に聞いたり、、、そういうことをしなくなってしまったと思う。


思考を働かせるということは、つまりは、そういうことだと思う。



昔は調べる術が限られていた。分からないことがあると、自分で調べ、それが正しいか検証するために、比較したり、再調査したり、人に聞いたり、実証実験したりしながら、確証を得ていくことが必要であった。



先日、どうしても思い出せないことがあった。

ある歌の曲名が思い出せなかった。

それは、中学生の頃、CMで流れていた曲。そのころ好きだった曲であるが、CMなので、歌手も曲名も分からない。中学生の私はなんとかしてその曲を知りたいといろいろな手段を使って調べたことを覚えている。CMの下の方に出てくる歌手の名前を見つけ、それを最初の手がかりとし、そこから先に進めていく。『CDでーた』を購入し、その曲に繋がるような情報がないか調べたり、テレビやラジオで音楽の番組を注意深く聞いたり、CDショップに行って手当り次第試聴したり。。。

そんなことをしながら、自分でなんとかしていた。そして自分の力でそこに行き着いた時の充実感はやはり特別だった。


その時の曲はなんだったか急に気になったが思い出せない。でも、今はスマホですぐに調べられた。スッキリはしたが、どこかもの足りなかった。


やはり、思考力を働かせることで、自分自身の学びの実感を得る。でも、今の時代はそんな思考力を働かせることに足枷があると思う。

便利な世の中になった反面、自分でとことん考える機会が奪われているのも事実だろう。だからこそ、そんな中でも子どもたちには、自分で考え、悩んだり、困ったりしながら、ジタバタすることを経験させたいなと思う。