新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

アウトプットを意識して会議に参加する

教員に限らず、社会人になると、様々な講義や講話、研修などの場があるだろう。

そのような場において、日本人は一生懸命メモしたり、写真を撮ったりしながら、内容を理解しようとする姿が見られる。

しかしながら、講義や講話などの最後に必ずあるだろう質問の時間に質問する人はほとんどいない。あらかじめ、質問者を決めておくような、言わば「サクラ」を用意しておくことも少なくない。

外国では、質問をするのが当然のようであり、このような日本人の姿を見て、疑問を感じるようである。


ただ単に国民性の違いといってしまえばおしまいだが、講義や講話を受ける意識や姿勢がそもそも違うのではないかとも思う。

先にも述べたが、日本人はメモをとったり写真を撮ったりしながら、一生懸命「理解」しようとしている。それに対し、外国の方々は「自分の考え」がもとにあり、それと「比較」しながら話を聞くことで、それに対する「新たな考え」や「疑問」を得るため、質問が生まれるのだとも思うのである。

つまり、日本人は「インプット」にのみ力を注いでおり、外国人は「アウトプット」を前提とした「インプット」をしているのだと感じる。


私も然りであり、「インプット」にのみ焦点をあてた話の聞き方では、企画性や独自性、目の前に合った適時性を生み出すことができず、結局前年度の案を踏襲するしかない状態に陥るのである。


それを脱却するには、アウトプットを意識していかなければならない。だからといって、頻繁に講義や講話があるわけでもないため、そのような場はそうそうない。だからこそ、ちょっとした場でも意識できるようにしたい。


私は職員会議や打合せのような場でもそれができると思い、意識して実践するようにしている。

先生方の案件の提案を聞きながら、疑問点や注意点、不安点などに注意し、それに対してのコメントをしてから次の案件に移るようにしている。よりよい計画になるようにということもあるが、自分自身の案件に対する理解にも確実につながっている。大して不安要素がないような案件に対しても、何かしら考えていることをコメントするようにしている。私からコメントがくるから先生方は嫌だと思うかもしれないが・・・。

でも、そのようなことをしていると、明らかに「聞き方」が変わったように自分でも感じる。


会議に限らず、先生方からの相談や普段の会話でも、比較や同意、反論などを通して、自分の考えを述べるようにしているのもアウトプットには効果的につながっているのが分かる。


日本人は真面目だが、自分の考えを出すのが苦手だ。私も大の苦手。大きな場ではできなくても、小さな場で場数を踏んでいくだけでも全然違う。新しいことを生み出すことが必須になっていくこれからの時代。我々から意識を変えていくことも必須だろう。