新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

判断の連続【意図が曖昧だとマイナスの結果に】

毎日が判断の連続。

朝のルーティン。

この毎朝の動きの中でも、判断をすることがある。例えば、廊下や教室の窓を開けたほうがいいのか。また昇降口や廊下などの電気はつけておいたほうがいいのか。等々、その時その時に毎日のように悩んでいる。


それでも、意図をもってやっていれば、自分なりに納得がいく。例えば、子どもや先生方がいないうちから電気をつけておいたら、電気代がもったいないのではないかという考えもあろう。
でも、私としては、朝一番に明るい学校に入ってほしいという意図がある。暗い学校に入るより、明るい学校に入った方が気持ちも明るくなるのではないか、1日を気持ちよくスタートさせられるのではないかと思うのだ。そう考えれば電気代の無駄にはならないのではないかと自分に言い聞かせられる。

では、窓の件はどうか。これが実は曖昧なのだ。夏真っ盛りの時は、迷いなく廊下の窓を開け、空気の入れ換えをしていた。でも、段々と涼しくなってきた今、それが必要なのかどうか迷うのだ。その視点が複数ある。涼しくなってきたから、開けなくてもいいのではないか。でも暑くなくても空気の入れ換えをした方がいいのではないか。何より、秋になり再びカメムシが大量に発生しだし、窓を開けることでカメムシが校舎内に入ってしまうから、やっぱり開けない方がいいか。等々。毎日のように悩む。結果、空気の入れ換えを優先し、窓を開けていた。その判断は実に曖昧。


すると、学校のことをよく知る用務員が「先生方、廊下の窓は開けない方がいいよ。どんどんカメムシが入ってきて、退治するのにキリがないから。」と声をかけていた。窓を開けた犯人(?)は、私。カメムシのことを頭に入れながらも、窓を開ける判断をした。その結果、用務員さんに手間をかけてしまうことに。

結局は、曖昧なまま判断をした私のせい。どうすればよかったか。それは簡単なこと。はじめから用務員さんに相談すればよかったのだ。


判断するのは自分。でも、相談すればその根拠が増えるのだ。

まだまだ視野が狭い。判断には冷静さが必要。冷静に周りを見て、相談しながら、その時に最適な判断ができるようにしたいものだ。