新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

息子、自転車に乗れるようになる

息子は何かと姉と自分を比較する。

「◯◯ちゃん(姉のこと)は、4才で一人で頭が洗えたのに、△△(自分のこと)は6才・・・」と悲しがったり、「◯◯ちゃんは一人でお尻がふけるのに、△△は・・・」と嘆いたり。。何かにつけて、姉と自分を比較し、できない自分を見つめ悲しそうにしている。


ここ数週間、息子は自転車乗りの練習をしていた。私に似て臆病な息子は、しっかりとこぎ足を踏み出せない。勢いがないからヨタヨタ、フラフラし、バランスがとれず、なかなか乗れるようにならない。

だんだんと、練習が辛くなり、数分で嫌になってくる。

それでも、どうやら毎日練習していたようだ。

そして、今週の水曜日ころ。息子が電話をしてきて「△△、自転車乗れるようになったよ!」と教えてくれた。そして、なんとしても私に見てほしいと思っているようだ。

昨日、早く家族のいる家に戻れたため、息子の自転車を見た。まだまだフラフラするものの、自分で漕ぎ出し、前に前に進む息子。そして、戻ってくる時も私の方にぐんぐんと戻ってくる。その顔は自信に満ち溢れていた。


達成感は、自分の努力のもとにやってくるらしい。報われる時というのはこういうときだ。


しかし、夜一緒にお風呂に入っていると、「◯◯ちゃんは6才になってすぐ、自転車に乗れたのに、△△は6才になってもっと経ってからだから、負けだ」と若干淋しそうだった。こんな時でも、姉と比べ、そして敵わなかった自分を省み、嘆いているのだ。


それは、悪いことではない。誰かと比較することがいいことかどうかは置いておいて、息子にとっては、姉と自分を比べることで、自分の目標を明確にし、その思い(願い、目標)を自分事にしていた。そして、それが達成したからこそ、自信につながったのだが、それとともに、目標のベースとなった姉との比較に立ち返ることで、悔しさと新たな目標の種探しに移っていくのだろう。


自然と課題を自分事にした息子。でも、課題を自分事にするのがなかなか難しい。

そして、そのことが学びの原動力となるのだろう。指導の在り方の研究にメスを入れるべきところが少し見えてきた気がする(誰かと比較させるということではないことは断っておく)。