新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

視点の広がりと分散化と焦点化

「広い視野から考えてみる」

研究授業の事前検討会で、指導助言の先生からご指導を受ける。

その時の内容が、結局のところ冒頭のようなことだ。

「視野を広く」

いかにももっともなようで、かつ、便利な言葉で、どんな場面でも、この言葉さえ使っていれば、なんとかなってしまうようなご指導の言葉。

でも実際、「視野を広くする」ということはとても難しく、かなりの力量がいることだ。

以前、「活動にばかり目がいく」というような記事を書いた。


失礼ながら、指導助言の先生がひょろっとその時(事前検討会や研究授業、事後研究会)にだけ現れて、つまり、我々の研究の中身をそんなに見ていない中で、ただ単に「視野を広く」などといっても、それは無責任だと感じる。


無責任に「視野を広く」などとご指導されると、結局は指導者にとっては、視点の分散にしかならない。視点が分散されると、ねらいがブレる。これまでの活動も内容もブレる。何をさせたいのかもブレる。広がりに広がった視点。それを焦点化させないと、子どもたちは、その時間何をしたらよいのか分からなくなり、混乱させるだけだ。視野を広げることで、逆に何もかも曖昧な授業になりかねない。なので、視野を広げるということは、それを焦点化させる力量が必要なのだ。そもそも、そんな力量がある先生ならば、活動内容で悩むこともないかもしれない。


私も視野を広くすることはとても大切だと思っている。授業を考える上では、活動、内容、ねらい、求める子どもの姿、実態、変容、等々目を向けるべきところはたくさんある。それらをもとに、授業を構想していくべきてあり、それこそが自然と「視野を広く」しているとも思う。

「視野を広く」。そういう曖昧で、一見便利そうな、そしていかにももっともらしい表現には要注意だ。具体的なご指導をするためには、それまでの学校としての取り組みも知っておく必要があるし、そのクラスの実態だって把握していかなければならない。それがない中で、上辺だけのご指導ははっきりいって「余計なお世話」だ。こっちだって本気だ。もっと本気でかかってきてほしい。