新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

短くすることって難しい

研究のまとめをどうするか話し合っていた時。

「(1つの授業につき)A4半分くらいでいいんじゃないですか?あまりたくさん書いても、読んでもらえなくなると嫌だし」

「私のあの授業ではA4版1枚も書けません」

というような意見が出る。まぁ、前者は一理あるかもしれないが。結局はA4版1枚で書くことに収まった。



明日は学習発表会。1つの学年につき、持ち時間は20分。移動も含めると25分で収めてほしいという計画。すると、

「20分もできません。10分くらいで終わっていいですか」

「20分ももたせるのって大変ですよ」

というような意見が出る。



そのような意見(短くしてほしい、短くしたい)が出るたびに、私は「自分の首をしめるぞ」と思ってしまう。


先生方は、自分に自信がないのか(むしろ、変なところにばかり異様に自信満々な『オバチャン』はたっくさんいるが)、長く書くとか、時間をいっぱい使って何かを企画することを嫌う傾向がある。

「そんなにたくさん書けません」
「もっと短くていいです」

と謙遜も兼ねて話す。つまり、「長く書く」「時間をかける」というのが、「レベルが高いと思っているらしいのだ」


結果としてどうなるかというと「A4版1枚にまとめるのって難しいですね」ということに気付くし、学習発表会では、どの学年も20分で収まらないことに。


短くまとめるというのは、本当に難しいのだ。まずは、伝えたいことを、限られた枚数や時間に収めるためには、相当な要約する力が必要になる。これまでの学びは、自分が思っている以上に多い。それをまとめるのだから、かなりの力量が問われる。でも、それはなかなかできない。また、たくさんの事柄から必要な要素を選んだり、切り取ったりする力も必要だ。ねらいや実態をしっかりと明確にしていないとそれも難しい。そして、あとは文章能力だ。普段から論文を書いているわけでもなく、物書きでもない、演出家でもない先生方であるため、年に1回程度しかないそのような場面で急に短くまとめることなんて相当力がないとできないのではないか。


なので、先生方の思っていることは逆なのだ。長ったらしく書いたり計画したりするのは案外簡単であり(見ていて最高につまらないが)、誰にでもできる。むしろ、短くする方がその何倍も難しいのだ。それなのに「短くていいですか?」は、「自分は相当レベルが高いですよ」と言っちゃうくらい、怖い考えである。