新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

必要なときに、都合よく使われる存在でいたい

研究公開の授業者はいよいよ切羽詰まってきている。

先日、指導案の検討をした際、ギリギリまで上がらなく、私の手が入ってしまった。

それを、授業者は申し訳なく感じているらしい。私に相談する余裕もなく(私にだけではなく、他の先生にもだが)、期限が来てしまう。しかも、その後も余裕がない。

今日の帰り際、その先生から「指導案を助けていただいたのに、それっきりになってしまい、何も相談せずに申し訳ありません」と、謝られた。

そういう気持ちを持つこと自体は大切なことだと思うが、そこまで気にすることではない。そんなこと気にしていないで、自分のやりたいことをとことん考えてみたらいい。

私はその先生よりは経験があり、学習指導案の書きぶりだって、その辺の先生よりは上手いと自負している。だから、側的なところはなんとでもしてあげられる。

だから、ぜひ、私のことは都合よく使ってほしいと思っている。先生に思いがありさえすれば、その思いを文章として引き出すことは容易にできる。先生に思いがありさえすれば、その思いが膨らむような仕組みや仕掛けだって一緒に考えられる。

「こんなことを大切にしたい」という先生の思いは伝わる。無理して相談してこなくてもいい。だから、そんなことに申し訳なく思わず、ただ必要なときに声をかけてくれればいつでも力になる。


今が一番辛い時だろう。でも、ここまで深く授業を見つめているのだから、どんな授業になったとしても、「失敗」にはならない。だから、とことん悩み、考え、最終的に自信をもって授業に臨んでほしい。